4. レーザー誘起光還元法による超微細金属ナノ構造作製技術
金属イオンと電子供与剤とを含有する試料に対して,ラジカル生成に必要な光エネルギーを照射すると,光還元反応により金属が析出する8)。我々は,ポリイミド前駆体と硝酸銀を混合した錯体試料にフェムト秒パルスレーザーを集光照射することにより,回折限界を超えた銀ナノ構造が作製されることを実証した。
ポリイミドは構造にイミド結合を有する高分子の総称であり,剛直で強固な分子構造であるため,極めて高い耐熱性・耐薬性・耐久性を示すスーパーエンジニアリングプラスチックとして知られている。また,曲げ性能に優れているため,フレキシブルデバイスとして広く利用されている。ポリイミド前駆体は芳香族化合物にアミド結合(-CONH-)とカルボキシル基(-COOH)を有する。アミド結合とカルボキシル基が閉環することによりイミド化(-C=O-N-O=C-)する。このポリイミド前駆体に硝酸銀を混合すると,カルボキシル基の水素イオンが銀イオンに置換され,錯体を形成する。
カルボキシル基は紫外光領域に吸収を示すため,紫外光を照射するとカルボキシル基がラジカル化し電子を放出する。この電子を銀イオンが受け取ることによって還元され,銀が析出する。析出した銀を核として,継続的な紫外線照射によって銀が成長する。近赤外フェムト秒パルスレーザーを集光照射すると,集光焦点域において2光子吸収が起こり,紫外線エネルギー相当の光が吸収される。その励起確率は強度の自乗に依存するため,集光スポット径よりも小さな領域すなわち回折限界を超えた微小領域において銀が析出する。
図6は我々が構築したフェムト秒パルスレーザー照射光学系を示す。光源には中心波長800 nm,パルス幅100 fsec,繰り返し周波数80 MHzのTi:Sapphireレーザーを用いた。油浸対物レンズ(N. A. = 1.35)を用いて集光照射することにより,多光子励起による局所的な銀析出が得られる。図7は,フェムト秒レーザー誘起光還元法により作製した銀ナノド ットアレイおよび銀グレーティングのSEM像を示す。ドットアレイ構造は,レーザパワー3.0 mW,1点照射時間0.5 sec,ドット周期500 nmの条件にて作製した。
本光学系および硝酸銀混合ポリマーを用いることにより,ドット径210 nmの銀ナノ構造が作製されることを実証した。グレーティング構造は,レーザーパワー3.0 mW,走査速度0.5 μm/sec,グレーティング周期500 nmの条件にて作製した。線幅230 nmの銀ナノ細線が作製されることを実証した。フェムト秒レーザー誘起光還元法により任意の銀ナノ構造が作製される。本技術は銀に限定することなく,その他の金属においても同様に錯体形成することにより種々の金属パターンが作製されるため,プラズモニックデバイスとしての光学応用だけでなく,金属電極配線やセンサデバイスなど,エレクトロニクス分野への発展にも貢献するものと期待される。
本技術のさらなる発展性として,我々は,硝酸銀ポリイミド前駆体混合ポリマーにフェムト秒パルスレーザーを円偏光にて1点照射した際にリングパターンが作製されることを世界で初めて発見した9)。図8は円偏光1点照射により作製された銀ナノリングのSEM像を示す。レーザー照射パワー2.5 mWのとき,銀ナノドットが作製されているが,レーザーパワー3.0 mW以上のとき,中心部に銀が形成されず,リング形状となった。レーザーパワーの増大に伴い,リング直径は増大した。
リング形状となる要因として,レーザー誘起表面周期構造(LIPSS)に起因すると考えられ,現在詳細を調べている。本作製技術により,ドット直径300 nm程度,線幅70 nmの超微細金属ナノ構造が作製される。本技術は真空蒸着プロセスを必要としない直接的金属超微細構造作製基盤技術として,様々な応用展開が期待される。