2. ガラスの結晶化制御とアップコンバージョン
室温りん光型の高輝度蓄光を用いると,小さな対象物からの蓄光の検出が可能となる5)。例えば,図3(a)は蛍光色素を含む水溶液中に室温りん光型蓄光体が塗られたフィルムを目的対象物として浮かばせ攪拌している際の写真であるが,励起光照射時は溶液全体が発光するためコントラストが著しく低下し目的対象物のみの位置や動きの検出が難しい。
しかし,励起光照射停止直後に残る蓄光信号を繰り返し計測すると,周囲の蛍光不純物に依存しないで目的対象物の検出が高コントラストで可能である。このように自家蛍光に依存しない点が蓄光イメージングの優位性であるが,これまでは対象物が小さくなると活用できないという弱点があった。
例えば,既存の電荷トラップ型蓄光体であるEu2++Dy3+:Al2O4に,光の回折限界にまで355nmの紫外線を絞って照射した際は,蓄光粒子の乗った基板を左右に動かしてみても(図3(b)),蓄光の残像が2次元光検出器(CCD)では観測されない(図3(c)の(i)および(ii))。これは,粒子は蓄光を放射しているがその放射光子数が少ないため,検出器に到達する光子の数以上にCCDのノイズが大きくなっているからである。
一方で高効率の室温りん光型蓄光では,室温りん光型蓄光を有する膜を搭載した基板を左右に動かすと,明確な蓄光像がマイクロメートル以下の分解能で検出される(図3(c)の(iii)および(iv))。この高解像の蓄光検出は,冷却機能や増幅機能がないようなCCDを用いても可能であることが確認されている5)。
特に生体内では癌細胞が10µmのサイズであることなどを考慮すると,数10µmやそれ以下の信号を,周囲の蛍光不純物などの影響なしに検出する事が重要である。それゆえ,周囲の蛍光不純物や励起光によるラマン散乱などに依存しないで高解像なイメーイングを可能とする室温りん光型蓄光の開発は重要となる。
しかし,室温りん光型の蓄光ではりん光の収率が低い場合輝度が低下し,冷却や増幅機能のない安価で小型なCCDでの検出が困難となる。それゆえ,医療応用やモバイル応用を考えた場合,励起光照射停止後の発光が残る[室温りん光の寿命(τp)が長い]状態を維持しつつ,室温りん光の収率(Φp)を向上させていくことが重要となっている。
3. 室温りん光の効率を決定している重要因子
大きなτpとΦpを得るためには材料において以下の3つの条件が必要となる2)。
一つは,S1形成後に効率よくT1が形成するような高い項間交差の収率(Φisc)が必要である(図4(a)の①)。T1が形成された後に長い寿命の室温りん光が放射されるかは,りん光を出す速度(kp)[図4(a)の②],室温で分子が振動してりん光を出さずにS0に遷移する速度(knr)[図4(a)の③]と,室温で分子のT1エネルギーが周囲に奪われる速度(kq)[図4(a)の④]の3つで支配され,kp>knr+kqの際に効率よく室温りん光が放射される。
しかし,重原子を含まない分子の場合はkpが小さいため多くの場合knr+kq>kpとなり,Φpが著しく低いもしくは0となるのが一般的である。
筆者らは,重原子フリー分子の周囲のマトリックス分子において,十分に高いT1エネルギーを有し,酸素透過性が低いような水素結合能を有する分子を用いると,kqの増加に伴う速度を十分に抑制可能なことを見出してきた2)。このような小さなkqが可能なホスト分子としては,ヒドロキシステロイド誘導体などの低分子に加え2),ポリビニルアルコールなどの高分子も報告されてきている(図4(b))6)。
このような媒体中に重原子フリー色素を分散した場合に,高効率の蓄光型室温りん光が放射されるかはkpかknrの大小関係により決定される。しかし,これまでの重原子を含まない分子ではkp