2. 蛍光増強性能に優れるメタ表面
メタ表面は,特定の機能を実現するために人工設計に基づいて作製される人工ナノ構造表面である。基板の表面に作製されることが多く,基板に対して付加価値の高い機能を装飾する技術でもある。2011年の論文15)が有名で,メタ表面という概念を広めることに大きな役割を果たした。メタ表面はメタマテリアルという人工「超」物質の研究に触発された概念である。人工設計による多彩な機能発現は多岐にわたり,それ自体興味深いが,本稿の主題から逸脱するため詳細は他の文献16〜18)に譲る。
2.1 プラズモン・フォトンハイブリッド型メタ表面の発見
基板表面に蛍光分子を配置して,観測される蛍光強度を増強するという機能を設計する指針は,筆者らがメタ表面の研究を開始した2012年頃には明らかではなかった。1970年代から知られていた常識としては,平坦な金属表面に接する蛍光分子の発光は著しい消光現象が生じるということであった19)。これは分子内の励起状態が金属へと超高速で励起移動するために生じる。しかし,メタ表面は凹凸を有するナノ構造からなり,平坦な表面とは状況が異なる。
筆者はプラズモン共鳴と光共鳴を結合させて,新しい共鳴状態を創出することに興味があり,図1(a)のような相補的な積層構造を考案した11)。上層と下層に金のナノ構造を含み,それらの構造は相補的である。バビネの原理により,相補的な構造は同じ周波数で異なる共鳴状態を持つ。したがって,異種のプラズモン共鳴を結合させることが可能になる。しかも,中間層にシリコンフォトニック結晶スラブを配置している。この中間層は空気層などの一様媒体と比べて,光子密度が著しく高い状態(つまり,光導波路共鳴状態)をもち,上層と下層のプラズモン共鳴電磁場を結合させる媒体となる。このように,相補的な積層構造は,異種プラズモン共鳴の2状態とフォトニック共鳴が結合して,新しい共鳴状態を形成する構造体である。この新しい共鳴状態をプラズモン・フォトンハイブリッド共鳴と呼ぶ。
その特徴の1つは,一連のハイブリッド共鳴が大きな光放射率をもつことである。図1(b)に数値計算による光吸収スペクトルを示している。相反定理により,光吸収率は光放射率と等価であることが知られており20),光吸収率を算出することで光放射率を知ることができる。光放射率はマクロな物理量であり,メタ表面全体としての応答を表す。高い光放射率は,メタ表面上からのその波長での蛍光放射効率に比例することから,光スポット位置に依存しない,マクロな(したがって,均一な)蛍光強度増強効果が期待できる。
図2(a)はプラズモン・フォトンハイブリッド型メタ表面(周期410.5 nm,円孔直径260 nm,金の厚さ35 nm,シリコンスラブの厚さ200 nm)をナノインプリントリソグラフィ法によって1 cm角の大面積に作製した。そのメタ表面を蛍光分子ローダミン590(R590)メタノール溶液(濃度500 nM)に30秒浸漬させた後,乾燥窒素ガスでブロー乾燥させ,分子の均一な吸着を行った。分子吸着後,R590分子の蛍光測定を行った結果の一例である12)。比較参照用に同じくR590分子を吸着した平坦なシリコン基板上でも測定を行った(挿入図)。この蛍光スペクトルがR590のスペクトルである。570 nmで蛍光スペクトルが増強されており,メタ表面の共鳴増強効果があることが分かる。
金の最表面に自己組織化単分子膜(SAM)を成長させることで1 nmほどのスペーサー層を挟み,蛍光分子と金が直接接触することを避け,消光現象19)が起こらない工夫を施した。図2(b)に示すように,参照信号との蛍光強度比をとることによって,増強度を算出することができ,最大2600倍の大きな増強度が得られた。これは既報のなかでも最高水準にあり,さらに重要なこととして,増強度は励起光スポット位置に依らず,均一な応答であった。つまり,再現性が高く,顕著な蛍光増強効果が観測された。大きな蛍光増強度先と高い再現性を同時に満たすことを示した最初の報告例となった。先に,顕著な蛍光増強の報告例7〜10)では蛍光信号の均一性が低いと述べたが,これは局所的なプラズモン共鳴スポット(通称,ホットスポット)を使って蛍光増強効果を得るために起こる。図2のマクロな物理量である光放射率を利用した場合とは,対照的である。