3. 液晶性の有機トランジスタ材料(Ph-BTBT-10)
近年,当研究グループが開発した有機トランジスタ用液晶性有機半導体(Ph-BTBT-10:図3(a))は,BTBT環に単結合でフェニル環(Ph)および柔軟な炭化水素であるデシル基を付与した構造を有する7)。このPh-BTBT-10について,その特徴と薄膜作製,得られる多結晶膜を用いて作製したトランジスタ特性について示す。
3.1 Ph-BTBT-10の相転移挙動
Ph-BTBT-10は,2つの液晶相を発現する。偏光顕微鏡観察結果(図3(c),(d))より,210℃から223℃まで低次の配向秩序液晶相であるSmA相と,143℃〜210℃までの広い温度領域で前述の高次の配向秩序液晶相であるSmE相を発現する。そのため,この材料では結晶膜の実質的な耐熱性は210℃まで改善できることになる。さらに,このPh-BTBT-10は図3(b)の示差走査熱量測定が示す様に,この物質の相転移挙動には,降温過程と昇温過程で,非対称な振る舞いがみられる。これは,液晶相温度で薄膜を形成する際になるべく低温で液晶相が発現すること,さらに,一旦結晶化した場合にはなるべく高い温度まで結晶相を保つことになり,溶液プロセスの低温化とデバイスの駆動温度領域の拡大の観点から好都合である7)。
3.2 Ph-BTBT-10の製膜性と配向性
前述のように,Ph-BTBT-10のSmE相-結晶相転移温度は,加熱過程と冷却過程で50℃ほど違いがみられる(図3(b))。これは,薄膜作製時に重要な冷却過程温度が91℃と低いのに対して,一旦,結晶化すると143℃まで結晶相を保持することを意味している。実際,製膜は90℃前後の温度で行うことができ,作製したトランジスタを143℃まで結晶相で動作させることが出来る。液晶相温度110℃でのスピンコート法により作製したPh-BTBT-10の多結晶薄膜では,結晶化に伴う不均一な微結晶の凝集構造は見られず図4に示すように,膜表面は分子のテラス&ステップ構造(2.8 nm)が10 μm以上に渡り存在している(図4(b))。このステップは分子長に対応しており,この多結晶薄膜の面外XRD測定から観測される低角域に現れる(001)のピークに対応している。面内XRD測定では広角域に(110),(020),(120)のピークが観測され,薄膜が基板に対して垂直に配向していることが確認される7)。
3.3 Ph-BTBT-10の高品質なトランジスタ特性
上記の方法で作製したPh-BTBT-10多結晶薄膜を用いた簡易型のボトムゲート・トップコンタクト構造のトランジスタを作製した。このトランジスタは,p-チャネルで動作し,飽和領域の伝達特性より見積った移動度は2.1 cm2/Vsであった(図5(a),(b))。さらに,興味深いことに,この多結晶薄膜を120℃5分間の短時間の熱アニール処理を行うとアニール前と同様にp-チャネルで動作するだけでなく,図5(c)に示すようにON電流が1桁近く増加し10–3Aの高い電流値が観測され,移動度は14.7 cm2/Vsに達する(図5(b))。この特性が一般に行われる単結晶膜を用いて得た結果ではなく,多結晶薄膜で実現できている点は,実用的な応用の観点から注目に値する7)。
トップコンタクト構造のトランジスタにおいて,チャネルに電流が流れると同時にソース・ドレイン電極下の半導体膜の垂直方向に電流を流す必要がある。液晶材料の電荷輸送に寄与する部位はπ電子が豊富なコア部であるため,絶縁性の高いアルキル鎖は電荷輸送のパスにはならない。そのため,結晶膜の伝導はレイヤー内の2次元伝導となり,ソース・ドレイン電極とゲート絶縁膜界面に形成されるチャネル領域との間に大きなコンタクト抵抗を生じる。その回避にためには,ボトムコンタクト構造が有効で,さらに電極におけるコンタクト抵抗の低減には,ソース・ドレイン電極表面をペンタフルオロベンゼンチオール(PFBT)で表面処理することが効果的である。実際,前述のトップコンタクト型のトランジスタでは,コンタクト抵抗が2.1 kΩcmであったが,PFBT処理したボトムコンタクト型のトランジスタでは156 Ωcmと約1桁低下させることができる。