1. はじめに
炭素(カーボン)材料は,古くは木炭や鉛筆の芯などの形で我々の生活に密着してきた素材である。近年では,炭素繊維を複合した樹脂である炭素繊維強化樹脂(CFRP)がテニスラケットや釣り竿,更には飛行機の機体として,アモルファス炭素であるカーボンブラックとゴムの複合体がタイヤ等で実用化されている。次世代の炭素材料として期待されているのは,ナノメートルサイズの微小なカーボン材料(ナノ炭素材料)である。
これらには,筒状のカーボンナノチューブ(CNT)や,シート状のグラフェン,球状のフラーレンがある。これらの材料が期待される応用先は光学デバイスや電子デバイスから構造材料,化粧品,医薬品など多岐にわたり,国内外,産学問わず多くの研究開発が進められている。しかし,未だ実用化に至っていない要因の一つとして,加工成形が困難であるという事が挙げられる。
私が所属するグループでは,光に応答して形や機能を変化させる光応答性分子(例:アゾベンゼン,スチルベン,アントラセン)を使った,機能性有機材料の開発をおこなっている。これらの材料では,光による分子構造の変化を巧みに利用することで,固―液相転移や高分子のガラス―ゴム相転移を,光で引き起こすことが可能である。その中で私は,光に応答して材料の分散と凝集状態をスイッチングすることが可能な,光応答性分散剤の研究開発をおこなっている。
2. ナノ炭素材料と分散剤
カーボンナノチューブ(CNT)やグラフェンに代表されるナノ炭素材料は,光学的,電気的,力学的に優れた性質を有しており,電子デバイスや,光学素子,構造材料など幅広い分野への応用が期待されている。しかしながら,ナノ炭素材料,特にCNTやグラフェンは,分子間の相互作用が非常に強く,繊維や薄膜,配線などに加工することが非常に困難である。この問題を解決する鍵となるのが,水や有機溶媒への分散技術である。一般的に,これらの材料を分散させる手法は,材料表面の化学修飾と物理修飾の2通りがある(図1)。
化学修飾は,化学反応によって材料表面に共有結合を介して有機物を修飾し,溶媒への相溶性を高める手法で,CNTやグラフェンを酸処理することで,ヒドロキシル基やカルボキシル基を導入する手法などが知られている。しかしながらこれらの手法では,材料自体の特性を損ねてしまうことが大きな課題となっており,酸化グラフェンはグラフェンに比べて,電気特性が大幅に低下することが知られている。
一方,物理修飾は,非共有結合である分子間相互作用を介して,材料表面を修飾する手法である。洗剤や化粧品,食品に広く用いられている界面活性剤は,物理修飾法で最も用いられている化合物であり,界面活性剤が形成するミセル中にナノ炭素材料が取り込まれ,溶媒中に分散することが可能となる1)。物理修飾の手法は,分散性に難がある場合があることや,分散剤を除去する必要があるものの,簡単で材料特性を損ねることもないため,ナノ炭素材料の分散においては,汎用的に用いられている分散技術となっている。
最近では,ナノ炭素材料に特化したさまざまな分散剤が研究開発されており,少量の使用で効果的に分散可能なものや,分散以外の機能を付与するもの,得られた分散液を用いた加工成形等が盛んに報告されている2, 3)。一方で,分散剤として性能が優れたもの(少量で大量のナノ炭素材料を分散可能なもの)は,ナノ炭素材料との相互作用も強く,加工成形した後に除去するのが困難であるという問題も生じている。特にナノ炭素材料を電子,光学デバイスとして応用する場合,分散剤の残留は,デバイス特性を低下させる原因となる。また,その他の製品に応用する場合においても,分散剤の残留は,長期安定性の低下や,劣化の要因になるなど,悪影響を及ぼすことが知られている。