3. 自己組織化InAs量子ドット成長とSLDデバイス作製
先述のOCTに求められる光源特性(1.近赤外波長,2.広帯域,3.ディップレスのスペクトル形状)を実現する発光材料として,我々は自己組織化InAs量子ドット(InAs-QD)3)に着目した。InAs-QDは,GaAs基板上にInAsをエピタキシャルに結晶成長させる際,両者の格子定数差によって発生する格子歪によって生成されるナノサイズの3次元微結晶である。
図2(a)に典型的なInAs-QD群の分子間力顕微鏡(AFM)像を示す。単一のQDは直径約数十nm,高さが約数nmの島状の構造をしており,量子閉じ込め効果によって伝導帯,価電子帯は離散的な電子準位をとる(図2(b)挿入図)。準位が離散的なため状態密度がバルク結晶に比べ非常に高く,離散準位間での遷移確率(発光効率)が高い。自己組織化InAs-QDは先述の通り成長基板との界面での歪誘起により自然発生的に成長するため,QD群全体には一定のサイズ分布が発生し,またInの組成比にも局所的なばらつきが存在する。これらの影響により,InAs-QD群からの発光は図2(b)に示すように一定の不均一幅を有し,広帯域になりやすい。
これはバルク結晶や量子井戸にはない特性であり,OCT光源などの低コヒーレンス光源を作製する上では非常に有利な特長である。また,広帯域な発光の中心波長は約1.1−1.3 μmであり,先述の「生体の窓」波長に相当することもOCT光源材料としては好都合である。
QDからの自然発光は,離散準位の中で最もエネルギー値の低い基底準位(GS)間でのキャリア再結合による発光がまず発生し,次に第一励起準位(ES1)間,第二励起準位(ES2)間と,励起強度増加とともに高次準位間での発光が順に発生する。離散準位に許容される状態数はバルク結晶や量子井戸に比べて少なく,キャリアによる状態の占有(state-filling)が容易に発生するため,比較的低励起(ELの場合は低電流)でGSとES発光の寄与によって広帯域な発光を得ることができる。我々はさらに,InAs-QDの発光ピーク波長を制御する手法を様々開発している8)。
例えば,QD上に歪緩和層(SRL)としてIn0.2Ga0.8Asを異なる厚さで積層することにより,QDにかかる圧縮歪量を調整し,最大120 nm程度の中心波長シフトを得ることができる14)。この手法でピーク波長を制御した複数のQD層を積層して融合することにより,GSとES発光ピーク間の強度低下を抑制し,更なる広帯域化とスペクトル全体の形状成形が可能となる。
図3(a)に,波長制御された4層のInAs-QDを含む成長基板の断面模式図と,各QD層からのPLスペクトル例を示す。各QD層へのSRL膜厚は0〜4 nmで変化させた。分子線エピタキシー(MBE)法により,n-GaAs基板上にp-i-n接合のGaAs/AlGaAs層を積層し,活性層として240 nm厚のGaAs層を1.5 μmのn-/p-Al0.35Ga0.65Asクラッド層にて挟み,キャリアおよび光閉じ込めを行った。
この成長基板に対し,半導体微細加工プロセスによりリッジ型の光導波路を形成し,長さ3~4 mmのチップ状にへき開して,端面出射型のSLDデバイスとした(図3(b))4, 5)。光導波路上に設ける電極構造は,導波路全体を覆う単電極構造と,分割した構造の分割電極構造の2種類(それぞれQD-SLD1, 2)を作製した。
分割電極チップには,出射端に最も近い領域にのみ電流を注入し,単電極よりも電流密度を上げるとともに,電流を注入しない領域を光吸収領域とすることでチップ内のレーザー発振を抑制し,広帯域化を図った。