このことは以前から分かっていたのですが,厚さを正確に制御する技術の開発が未熟だったのです。しかしながら,最近では均質な金属膜を極めて正確な厚きで作る技術が開発され,X線レーザー用のミラーを作ることができるようになっています。分子線エピタキシャル法(MBE)やプラズマ化学気相堆積法(プラズマCVD),場合によってはレーザー化学堆積法(レーザーCVD)も有効な方法です。
この技術によって,X線レーザーが現実のものとなりました。ところで,X線レーザーは何の役に立つのでしょう?その強度が強いことを利用して,医療診断,材料開発,さらには生体細胞の3次元構造を見ることのできるX線ホログラフィーなどに利用されています。半導体の超高密度LSIを作るのにも役に立ちそうです。
原子内の電子状態の変化だけではなく,高速で運動する電子を急に制止させた時にもX線が発生するのです。一般的には,荷電粒子が加速度運動をするときに電磁波を発生します。高速電子を制止させた時は,減速ですが,速度が時間と共に変化するのは同じです。レントゲン写真を撮影するときに使われているX線管です。
図5にその中身が描いてあります。電圧を印加して電子を高速運動させます。この電子が,対面に配置した金属でできたターゲットにぶつかって,電磁波を発生します。ところで,この様子を詳細に見てみましょう。電子は極めて小さな粒子です。これがターゲットの金属板の表面と衝突して静止するはずがありません。金属は原子核と電子で構成されていますが,原子核と電子がぎっしり詰まっているわけではなく,スカスカなのです。
高速電子がターゲットで制止されるのは,金属の原子核付近を通過するとき,電子は原子核の正電荷に引かれて方向を変えます。これを繰り返している間に電子は運動エネルギーを失っていき,最後には静止することになります。確率は極めて低いですが,高速電子は金属内の電子と衝突することもあります。衝突された電子は,弾き飛ばされて空席ができます。この空席に上の準位から電子が落ちてきて,X線レーザーのところでお話ししたのと同じメカニズムでX線を発生します。
このX線の波長は,電子のエネルギー準位で決まります。そこで,このようなメカニズムで発生するX線を特性X線と呼んでいます。一方,高速電子が制止されるときに発生するX線は,広い波長範囲にわたっており,白色X線と呼ばれています。医療用のレントゲン写真はこの白色X線で撮影されています。
加速度運動は,等速運動している電子の方向を変えたときにも見られます。具体的に言いますと,図6のように,磁石がつくる磁場の中を等速運動している電子が通過するとき,図に描いてあるような方向に力を受け,磁場の周りを回り込むような運動をすることになります。この時に,図に描いてあるような電磁波が発生します。電子の運動速度と曲げる角度にもよりますが,一般的にはX線,紫外,可視光から遠赤外領域までの,非常に広い範囲の電磁波が発生します。
高いエネルギーを持つ電子が磁場の中を横切るときに出す白色光をシンクロトロン放射光と言います。字宙ではありふれた現象ですが,人工的にシンクロトロン型の加速器で発生するのでこの名がつきました。電子のエネルギーが高いというのは,電子の速度が光のそれにきわめて近いことを目安にしています。結論から言えば,シンクロトン放射は,遠赤外からX線の極めて広い波長範囲におよぶ光を出すことができる光源となるのです。このために,シンクロトロン放射光は人工太陽とも呼ばれています。
レーザーは,エネルギー準位聞の遷移を使っていますので,特定の波長しかだすことしかできません。エネルギー準位が広がっているので,広い波長範囲の発振が可能な色素レーザーやチタンサファイアレーザーのような波長可変レーザーもありますが,波長を変えることができる範囲はたかがしれています。この点で,シンクロトロン放射光は,通常の光源と比べるとはるかに強い光を作り出すことができますので,まさに夢の光源と言えるでしょう。