【本連載執を筆者された黒澤宏氏は2019年4月15日に逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。】
発光原子は,ポンプ光を吸収して準安定なレーザー上準位に上がらなくてはなりません。また,発光原子同士の間隔を離しておく必要があることから,母体結晶のたかだか1%程度の発光原子しか入れることはできません。
発光原子として最もよく使われる原子には,ルビーレーザーのクロム(Cr)以外に,ネオジウム(Nd),チタン(Ti)などがあります。これらの原子は母体の中ではイオンになっていることが多いために,発光原子のことを発光イオンと呼ぶこともあります。
すなわち,Cr3+,Nd3+と言ったところです。ちなみに,3+のイオンとは,原子から3個の電子が無くなった状態のことを言います。イオン状態にあると言うことは,発光原子は母体原子と化学結合をしていることを意味しています。
化学結合しているからこそ,発光原子は母体の中で安定に存在するのです。化学結合しているために,同じ発光原子でも,母体の種類が違えば,レーザー発振する波長もわずかに違ってきます。
固体レーザーと言えばこれを指すくらいに広く使われているのが,ネオジウム(Nd)を発光原子とするレーザーです。これは,ネオジウムを結晶母体中に混在させたものです。ネオジウムレーザーは,おおむね同じエネルギー準位構造を持っていますが,発振波長は母体によって多少変化します。
もっとも良く使われている母体はイットリウム(Y)とアルミ(Al)と酸素を含む結晶でガーネット(これも宝石の一種)と同じ結品構造を持つことからイットリウム・アルミニウム・ガーネット(頭文字を取ってYAG)と呼ばれる単結晶です。
YAG結晶を化学組成で書くと,Y3Al5O12です。結晶中のYが数%のNdで置き換られています。このレーザーをNd:YAGレーザー,あるいは単にヤグレーザーと表示するのが普通です。この他にも,イットリウム・リチウム・フッ化物(YLiF4),イットリウム・バナジウム酸塩(YVO4),イットリウム・アルミ酸塩(YAlO3)などがあります。結晶以外にも,珪酸ガラスやリン酸ガラスなども使われています。
ネオジウムレーザーのエネルギー準位を図1に描いています。703 nmと800 nmに中心波長を持つ光を吸収して,ネオジウム原子は励起状態に上がります。そこから直ちにレーザー上準位に落ちてきて,1064 nm(=l.064μm)の波長の光を出してレーザー下準位に落ちてきます。ここまで落ちた原子は,さらにエネルギーを放出して基底状態に戻ります。レーザー下準位と基底状態の聞のエネルギー差が大きいので,普通の状態ではレーザー下準位は空の状態です。
したがって,レーザー上準位にまで上げることができれば,反転分布は直ちに実現されることになります。これで,ルビーレーザーの例で見てきたような3準位レーザーと比べて,この4準位レーザーは効率が高いことがおわかり頂けたことと思います。