8の字型構造の活用による高効率円偏光発光を示す第3世代有機EL材料の開発

2. 骨格内部の結合開裂による8の字型π共役分子の簡便合成

有機合成化学が発展した現代においても,8の字型π共役分子の合成は困難で,それゆえに,その構造特異性を活かした機能開拓は遅れている。8の字型π共役分子の合成が困難な理由は合理的な合成戦略の欠如に由来する。一般的な有機合成では,標的分子の部分構造を逐次的に組み上げるボトムアップ型合成戦略を採用する。しかし,このボトムアップ戦略によって8の字型分子を部分構造から逐次的に組み上げると,その立体交差した構造に由来する立体障害や構造歪みによって,合成の途中段階で望まない副反応が発生する(図3)。この副反応を避けるためには多工程の分子変換が必要で,これが総収率の低下や合成操作の煩雑化を招く。結果として,簡便かつ大量に合成可能な8の字型π共役分子は知られておらず,これが8の字型π共役分子に関する機能創発を実現する上でのボトルネックとなっていた。

図3 ボトムアップ型合成戦略による8の字型分子の合成における課題
図3 ボトムアップ型合成戦略による8の字型分子の合成における課題

ごく最近筆者らは市販の平面π共役分子であるジベンゾクリセンの骨格内部の結合を酸化的に開裂するというわずか1段階の変換で,8の字型構造を有する非平面π共役分子であるシクロビスビフェニレンカルボニル(CBBC)1が高収率(84%)かつ大スケール(23 g)で得られることを明らかにした(図44)。この面白い反応性は,構造式内にベンゼン環を隣り合わないように描けるだけ描いた際,骨格中央に二重結合性の高い炭素−炭素結合が残されるためだと解釈できる。

図4 骨格内部の結合開裂による8の字型分子の簡便合成
図4 骨格内部の結合開裂による8の字型分子の簡便合成

CBBC1は自然分晶し,片方のエナンチオマーのみからなる単結晶を与える。さらにキラルHPLCによっても容易に光学分割が可能であった。そのキラリティーは室温において安定で,150℃で加熱した際にラセミ化が半減期8時間で進行するほどである。また,CBBC1は光励起によって効率的に三重項励起状態へと至り,そのエナンチオマーは円偏光リン光を示した。この発光のg値は3.3×10–2であり,過去に報告された有機分子の円偏光リン光のg値を上回っていた。優れたg値の要因は,8の字型構造の対称性により電気と磁気の2つの遷移双極子モーメントが平行になったためだと解釈できる。

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