ビスマス系III-V族半導体半金属混晶の結晶欠陥制御に基づく光学・テラヘルツ両デバイス

1. はじめに

筆者は,光学分野というよりは,結晶工学や電子・電気材料工学を主に専門とする研究者である。しかし,学部卒業研究以来取り組み続けているビスマス(Bi)系III-V族半導体半金属混晶(以降,Bi系III-V族半導体)の光学特性や結晶欠陥を活用した光学・テラヘルツ両デバイス応用を研究目的として定めているため,今回本稿を掲載いただく運びとなった。

図1 GaAs基板の一例。
図1 GaAs基板の一例。

Bi原子は原子半径が他の元素に比べて大きいことから,GaAsやInAsのような旧来の半導体結晶(図1)に取り込むと結晶の構成元素の周期配列を歪ませる。このためBi原子を数パーセント取り込んだだけで,GaAsBiやInAsBiのようなBi系III-V族半導体は禁制帯幅が急激に小さくなる,価電子帯上端が高エネルギーシフトする,禁制帯幅の温度依存性が低減するという3つの特異な物性を発現する1~3)。また,Bi原子の大きなスピン軌道相互作用によってBi系III-V族半導体の価電子帯頂上とスプリットオフバンド間のエネルギーが大きくなることも知られている4)

これらの基礎特性から当該半導体は,光通信用半導体レーザ,近赤外・中赤外光検出器,高効率太陽電池,スピントロニクスデバイス等の半導体デバイスへの新規応用が提案され,国内外で盛んに研究が進められている。

一方で,Bi原子は400℃以下の成長温度でなければGaAs等の母体結晶に取り込まれないこと,ならびに成長温度を下げるほどBi組成(例:GaAs1-xBixx)が増加して禁制帯が母体結晶のものよりも小さくなることが実験的に明らかになっている5)。GaAs系III-V族半導体の一般的な成長温度が600℃付近であることを考えると,Bi系III-V族半導体は元来低温成長が必要であると言える。これは即ち,当該半導体は結晶欠陥,特に空孔型やアンチサイト型の点欠陥が結晶内に形成されやすい材料であることを意味する。近年では,Bi原子の結晶内への取り込みによって,GaAsの禁制帯内にどのような結晶欠陥由来の欠陥準位が形成されるのか,理論計算を用いて示されるようになってきている6)

このような半導体材料であるが,筆者は2010年に,分子線エピタキシー(MBE)法を用いて350℃で成長したGaAsBiの光励起法によるレーザ動作と発振波長の温度依存性の低減を初めて実証することができた7)。MBE成長条件次第で,GaAsBi結晶内の点欠陥密度を減らすことができ,350℃という半導体材料としては比較的低温成長を行った場合でもデバイス品質のGaAsBi結晶が得られることを示した結果といえる。

この成果を皮切りに,2010年以降,Bi系III-V族半導体の研究者人口は飛躍的に増加し,現在は各国のグループで電流注入型のBi系III-V族半導体レーザダイオードが製作され,研究が進められている8, 9)。本稿では,Bi系III-V族半導体の低温成長ならではの結晶のこの高品質と,結晶欠陥を多数含む場合の品質の劣化をMBE成長において制御した光学・テラヘルツ両デバイス開発について述べる。

2. 発振波長をはじめとした動作特性が温度に無依存な新規光通信用半導体レーザ

Bi系III-V族半導体半金属混晶が有する禁制帯幅の温度依存性の低減を活用した発振波長が温度に依存しない光通信用新規半導体レーザの開発については,京都工芸繊維大学の尾江邦重名誉教授と吉本昌広教授が先駆けて進めてこられたものである1, 5)

Bi系III-V族半導体の最も代表的な材料としてGaAsBiが挙げられるが,これは,半導体であるGaAsと半金属とされるGaBiの混晶である。半導体と半金属の禁制帯幅の温度依存性が正負逆であることから,GaAsBiの禁制帯幅は半導体と半金属の温度依存性をそれぞれ反映して打ち消し合い,温度依存性が低減する。この温度無依存性はGaAsBiの光学特性を基に実験的に確認されている10)

2015年頃までは,半導体基板上にGaAsBiなどのBi系III-V族半導体を成長するエピタキシャル薄膜や量子井戸11)の研究がほとんどであったが,ここ10年ほどはGaAsBiナノワイヤに関する報告もみられるようになった12)

Bi系III-V族半導体も薄膜,量子井戸,ナノワイヤと順に量子構造・ナノ構造の成長に関する研究が進められている中で,残されているのは量子ドットである。Bi系III-V族半導体の量子ドットは,成長条件や成長法が十分に確立されておらず,未踏領域と言える。

筆者は,前述のBi系III-V族半導体の禁制帯幅の温度依存性の低減をふまえ,現在,Bi系III-V族半導体量子ドットのMBE成長に取り組み,動作特性が完全に温度無依存な新規光通信用半導体レーザの実現に挑戦している。

量子ドットレーザでは,電子の三次元的な閉じ込めに基づく半導体レーザの低しきい値電流化やしきい値電流の温度依存性の低減がみられることが大きな特徴である。よって,禁制帯幅の温度無依存化を示すBi系III-V族半導体の量子ドットを成長し,半導体レーザを製作することができれば,しきい値電流や発振波長を温度無依存化させた動作特性が完全に温度に依存しない半導体レーザが実現できると考えられる。

筆者のグループではまず,GaAs基板上のInAsBi量子ドットのMBE成長条件の探索を行っているところである13, 14)。このような動作特性が完全温度無依存な光通信用半導体レーザを開発することで,近年急速に増加している情報通信量に対応しながら情報通信に係る電力消費量を抑制する技術に貢献したいと考えている。

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