医療診断機器開発に向けた超低エネルギー生体非侵襲レーザー加振

1. はじめに

レーザー計測において,本来,質量を持たない光エネルギーから物体の運動エネルギーに変換することが計測原理となる技術が存在する。例えば,光音響イメージング(Photo-Acoustic Imaging,以下,PAI)は,光の吸収に伴って発生する振動(音響波)を検出する方式であり,集光性能に伴う高い空間分解能と,超音波の生体内透過性の利点を兼ね備えた手法である1)

また,より細かな細胞レベルの観察の場合は光音響顕微鏡(Photo-Acoustic Microscope)と呼ばれ,光ピンセットに代表される輻射圧を利用した細胞膜の変位観察が可能なレーザー誘起表面変位顕微鏡(Laser-Induced Surface Deformation Microscope)も報告されている2)

一方で,生体細胞ではなく,より大きな物質を振動させるレーザー計測技術が研究されている。トンネルなどのインフラコンクリート構造物の内部欠陥検査においては,検査員が実施する打音検査をレーザー技術に置換した,レーザー打音法(Laser Hammering Method)やレーザー誘起振動波診断(Laser-Induced Vibration Diagnosis),レーザー共鳴周波数解析(Laser Resonance Frequency Analysis,以下,L-RFA)と呼ばれる手法の研究が進められている。

これは,高エネルギーレーザーパルスを試料表面に照射することで,アブレーションを生じさせ,その時に生じた衝撃波に伴う超音波3),もしくは音波領域に生成する固有振動4, 5)を計測する。また,レーザーを直接照射せず,評価試料表面近傍にレーザー集光を行い,発生させた空気絶縁破壊(エアーブレイクダウン)に伴う音響波で振動を誘起する計測手法も報告されている6)

このように,音響波を原理とするレーザー計測技術の研究は,生体細胞からコンクリート構造物まで幅広く進められている。その技術の発展の中で,応用分野や用途,使用環境は細分化され,求められる開発内容は多岐に渡っている。本稿では,使用環境は生体内でありつつ,計測対象はセンチメートル級サイズの金属固体である,L-RFAの医療診断機器開発における要素技術ついて紹介する。

2. 医療用途に向けたL-RFAへの要望

医療へのL-RFAの適応として,運動器再建のためには整形外科インプラントの設置強度を術中診断する技術が重要となる。整形外科インプラントは人工関節やボルト状固定具など生体内に設置する部材の総称であり,このインプラントが術後早期のうちに緩みや逸脱といった破綻に至る症例は骨癒合不全と呼ばれる。

この破綻を防ぐためには,術中設置時に設置強度を定量的かつ高速,簡便に計測する診断もしくは支援技術が求められている。図1に整形外科インプラントの例として,脊椎骨に設置する椎弓根スクリューをポリウレタン製の模擬骨に設置した写真を示す。

図1 模擬骨設置の椎弓根スクリューインプラント
図1 模擬骨設置の椎弓根スクリューインプラント

その骨となる土台への椎弓根スクリューの固定は,一般的なタップネジと同じ原理である。工業や産業領域において,一般的にボルト状固定具の緩み検査は打音法で評価されている。ハンマーやバイブレーターを用いた工業ボルトの打音検査において,その締結強度と固有振動の関係や緩み検査への適応について,研究が進められている7~10)

これらの成果に基づき,試料表面にアブレーションを発生させて加振を行うL-RFAを活用した,光音響波による工業ボルトの検査も報告されている11, 12)。これらの知見を踏まえ,L-RFAを用いた整形外科インプラントである椎弓根スクリューや人工股関節カップの設置強度診断を,慶應義塾大学医学部との共同研究において我々は実証している13~15)。詳細は,本誌2022 年5月号掲載の拙著(運動器再建に向けたインプラント設置強度のレーザー診断)をあわせてご覧いただきたい。

整形外科インプラントの設置強度診断におけるL-RFAの活用は,外科手術中に用いることを想定している。すなわち,出口におけるL-RFAの測定対象は生体内に設置された直後の整形外科インプラントである。ここで,従来のレーザーアブレーションを加振原理とするL-RFAを用いると様々な課題が想定され,加振原理であるレーザ ーアブレーションの活用が困難だと結論に至った。

理由として,アブレーション痕,コスト,安全および利便性の3つが挙げられる。アブレーション痕は,計測箇所のインプラント表面に図2の顕微鏡写真に示すように直径,深さ共にマイクロメートルオーダーの微小なクレーター状の照射痕が生成される。そのため,例えば表面に抗菌等のコーティングがある場合は傷つけてしまう。

図2 レーザーアブレーション痕の例
図2 レーザーアブレーション痕の例

また,ごく少量であるが,インプラント金属(主にチタン合金)のデブリが発生するため体内で生じる現象として好ましくない。コスト面は,アブレーションを生じさせるためにQスイッチ方式のパルスレーザー装置が必要となり,比較的,高額となる。安全および利便性については,JIS規格におけるレーザークラス3B以上のレーザーが求められるため,レーザー保護具や管理区域設定等の処置が必要となってしまう。

手術用ルーペなどの着用も必要となる外科手術の手技において,さらにレーザー保護メガネの着用は大幅に執刀医の操作性を低下させてしまう。医療用途であるためレーザークラス1Cも検討可能ではあるが,潜在的に人体に対して侵襲性があることは医療機器クラスを高めてしまうため,認証・認可の過程において芳しくない。

さらに,レーザー光は光ファイバーで導光されることが求められるが,技術的にもパルスレーザーを伝搬させる障壁は高くなってしまう。以上の通り,従来のレーザーアブレーションを用いたL-RFAについて,医療用途への懸念点には枚挙に暇がない。

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