目には見えない円偏光を高感度に検出するフォトダイオードの開発

1. はじめに

近年,量子情報や量子光学,生命科学などの幅広い分野で,高い精度の光検出技術が必要とされている。微弱な光信号や量子的な光の検出には,光電子増倍管1)やアバランシェ・フォトダイオード(半導体受光素子)2, 3),超伝導検出器4)などが使用されており,光子レベルの微弱な光の強度(光子数)を高い電圧印加や極低温での冷却により計測することも可能となってきた。

一方,光子は粒子性と波動性を持つことから,強度だけでなく,波長や偏光,時間といった性質も併せ持つ。しかし,既存の光子検出器では,波長や偏光,時間といった様々な光の情報(物理量)を直接検出することはできないため,回折格子や偏光子などのフィルターと組み合わせるなど,空間的な情報の分離が必要となる。フィルターを用いた構造は検出感度を著しく低下させる要因となるため,1光子レベルの微弱な光の場合,その情報まで精度よく読み取ることは既存の検出器では難しい。

また,1光子に含まれる複数の情報を同時に取得することは不可能である。生体などにおける超高速かつ複雑な現象を検出する場合も同様に,単位時間あたりの光量が光子レベルになることから,精度よく光の情報の変化を捉える技術が求められている。すなわち,光子レベルで物理量を識別する手法の確立は,量子的な現象から生体機能の解明を担う光計測(イメージング)の飛躍的な発展につながる。

図1 偏光の検出から得られる情報と現在の偏光イメージセンサ
図1 偏光の検出から得られる情報と現在の偏光イメージセンサ

光の物理量の中でも偏光は,人間の目では検出できない有用な情報を含む。例えば,物体での反射・透過・散乱により様々な状態に変化することから,通常の光では認識しづらい物体の詳細な表面状態を可視化することできる(図1)。特に円偏光は,物体を曲げたときに見られる複屈折や応力の分布など,物体の多様な情報が反映される。このように,円偏光や直線偏光の検出する偏光センサの開発は,物体の複屈折や応力を可視化するとして,近年高い注目を集めている。

一方,現存の偏光センサは,偏光子アレイをフォトダイオードに積層し,ピクセルごとに偏光方向を分離した空間を犠牲にした構造であるため,検出感度や消光比の向上が課題となっている。円偏光を検出しようとすると,さらに波長板が必要となるため,感度が著しく低下することから実用化にすら至っていない。光子レベルで偏光(特に円偏光)を検出することができれば,量子状態から生体分子に至るまで,これまで明らかにされてこなかった新しい現象や機構の解明が期待される。

著者らは,微弱な光や近赤外光,偏光といった「見えない光」の高感度センシングを実現すべく,新しい有機-無機ハイブリッド材料を用いた多機能・高感度光検出素子の開発を進めてきた。従来の光の高感度検出は,主に半導体や超伝導体などの無機材料により達成されている。これに対し,有機分子材料の持つ光機能性は,無機材料では示しえない特異的なものであり,光の情報を直接捉えることもできる。

本研究では,無機材料をベースとした素子構造では検出が難しい1光子レベルの光に対し,その情報を含め最大限に検出するため,有機分子の特異的な光機能を無機半導体と融合することで拡張した新しい構造を提案している。例えばこれまでに,高い光吸収能・波長選択性を有する有機分子と,高い導電性・加工性を持つ無機半導体を化学的に融合したハイブリッド構造を構築することで,紫外から可視領域の微弱な光信号を,常温常圧下で1000倍以上の電気信号として増幅する低電圧駆動型の光検出素子の開発に成功している5, 6)

図2 有機キラル(光学活性)分子と円偏光二色性(CD)スペクトル
図2 有機キラル(光学活性)分子と円偏光二色性(CD)スペクトル

超高感度・低電圧駆動の光検出器として,感度やノイズレベルにおいて,既存の無機半導体光検出素子よりも高い性能を達成した。また,検出感度を近赤外光にまで拡張する新しい手法として,微弱な近赤外光を可視光に変換可能なアップコンバージョンナノ粒子の開発を行っており7, 8),このナノ粒子を増幅型紫外 – 可視光検出素子に組み込むことで,近赤外光応答性を持たせることにも成功した9)

さらに著者らは,既存の素子では直接検出することが不可能である円偏光検出を実現するべく,無機層状化合物に有機キラル分子を導入した新しいハイブリッド構造を提案している。一般に,円偏光の左右の回転方向を識別する能力,いわゆる円偏光二色性(CD)を持つ物質として,光学活性のある有機キラル分子が知られている(図2)。

しかし,その多くは吸収した光のうち0.1%程度しか左右円偏光の差として認識できない。有機キラル分子(ヘリセンなど)を用いた円偏光検出も報告されているが,材料の光吸収特性のみを利用しているため,偏光消光比や光検出感度が著しく低い10)。つまり,有機キラル分子の円偏光吸収特性では,偏光を直接検出するには不十分である。

そこで著者らは,高い消光比と感度で円偏光を直接検出するべく,無機鎖状化合物に有機キラル分子を導入し,系全体に大きなキラル配向構造を誘起したハイブリッド型の光導電性薄膜を構築した11)。本稿では,円偏光の直接検出を可能としたハイブリッド構造とその素子性能の詳細について述べる。

同じカテゴリの連載記事

  • 壊れない夢のオプティックス 〜オゾンガスでつくる高精度・高機能・超高耐力ガス光学素子〜 電気通信大学 道根百合奈 2021年11月10日
  • 転写プリント法が可能にする自在なハイブリッド光集積 慶應義塾大学 太田 泰友 2021年10月22日
  • 水分解用タンデムセルの構築を志向した半導体光触媒粉末から成る半透明光アノードの創製 信州大学 影島 洋介 2021年09月07日
  • 空間構造を持つ光により実現する高速な3次元蛍光イメージング 東北大学 小澤 祐市 2021年07月07日
  • 計測分野へ向けた高精度な距離・形状測定を実現するTOF距離イメージセンサ 静岡大学 安富 啓太 2021年05月27日
  • 化学気相成長による軽元素系無機蛍光体の薄膜プロセス (国研)産業技術総合研究所 且井 宏和 2021年04月15日
  • 金属微細構造作製技術とプラズモニクス応用 静岡大学 小野 篤史 2021年03月10日
  • Mie共鳴により発色するナノ粒子カラーインクの創製 神戸大学 杉本 泰 2021年02月03日