液晶性を活用した実用的な有機薄膜トランジスタ材料

2.2 溶液プロセスによる薄膜形成能

一般的に,低分子物質の溶液を用いて溶液プロセスにより基板上に薄膜を作製すると溶媒の揮発に伴う再結晶化により,多くの結晶核が発生し,ランダムに結晶が成長するために,微結晶が凝集した不均一で表面モフォロジーの悪い膜となる。このためデバイス応用に適した均一な膜を得ることは容易ではなく,仮にできたとしても素子を作製した場合,素子特性のばらつきが大きく,実用に耐えない。このような低分子結晶材料が持つ本質的な課題に対して,液晶薄膜を多結晶薄膜の前駆状態として活用することにより,平坦で均一なモフォロジーと高移動度を両立できる高品質な結晶薄膜の作製が可能となる。

実際,液晶相を発現する温度で溶液プロセスにより液晶物質の薄膜を形成した場合,溶媒の揮発に伴って液晶状態が形成され,均一で,かつ,平坦な液晶膜が容易に形成される。液晶状態は,結晶化が抑制されているばかりでなく,適度な粘性を有していることも薄膜の作製には好都合である。このように作製した液晶膜の温度を下げ結晶化させると,平坦・均一な結晶薄膜が得られる。ターチオフェン液晶8-TTP-8溶液を用いさまざまな相(温度)でスピンコートすると,作製できる多結晶薄膜はさまざまな表面平坦性を示す。結晶相温度(50℃以下)で製膜した薄膜は基板全面を覆えず微結晶粒の形成が観察される(図1(a))。一方,液晶相温度(60℃から90℃)で製膜した膜は厚さ50 nmの均一な多結晶薄膜が作製できる(図1(b))。原子間力顕微鏡(AFM)を用いた表面モフォロジー観察では分子ステップに対応した3 nmの段差が観測され,10 μm以上にわたり分子レベルで平坦な薄膜であることが確認される(図1(c)1)

図1 薄膜作製温度の違いによる8-TTP-8多結晶薄膜の表面モフォロジー。 <br>(a),(d)室温,(b),(c),(e),(f)液晶温度,(a),(b)顕微鏡観察,(d),(e)レーザ顕微鏡による断面プロファイル。(c),(f)AFM観察像。
図1 薄膜作製温度の違いによる8-TTP-8多結晶薄膜の表面モフォロジー。
(a),(d)室温,(b),(c),(e),(f)液晶温度,(a),(b)顕微鏡観察,(d),(e)レーザ顕微鏡による断面プロファイル。(c),(f)AFM観察像。

それぞれの条件で,熱酸化膜(約300 nm)付きのシリコンウエハー上に製膜し,作製した多結晶薄膜にAu電極を真空蒸着することにより作製した簡易型のボトムゲート・トップコンタクト型の電界効果型トランジスタでは,形成された結晶膜の特徴を反映した特性が見られる。結晶相,液体相の温度領域にあたる55℃以下や90℃以上で製膜した不均一な薄膜を用いたトランジスタでは移動度が小さく(10–3cm2/Vs),かつ素子間の移動度のばらつきが大きい。一方,液晶相温度で製膜した多結晶薄膜を用いたトランジスタでは,膜の均一性を反映して,素子間の移動度のばらつきが小さいばかりでなく,移動度も2桁以上も高い(0.1 cm2/Vs)1)。このような液晶相温度での製膜により高品質な結晶薄膜が容易に得られる事実は,異なる溶媒や液晶材料(ジアルキル−ベンゾチエノベンゾチオフェン(BTBT)誘導体など)を用いた作製においても確認されており,液晶材料を用いた結晶膜の形成に共通の特質である3, 4)

2.3 高次の配向秩序液晶相を用いた高耐熱特性

有機トランジスタ用の高い結晶性を示す有機半導体は有機溶媒に対する溶解度が一般に小さいものがほとんどで,その改善のため有機半導体分子に柔軟なアルキル鎖を付与することにより溶解性を改善させることが広く行われている。しかしながら,この分子設計は同時に融点の大幅な低下を引き起こす。半導体薄膜の耐熱性の低下はデバイスの作製に不可欠な保護層の形成や電極の焼成のための加熱処理に大きな制約を与えることになる。実際,作製されたトランジスタが融点以上に加熱されると,膜状態を保持できずデバイスは破壊される。高い溶解度を示し高移動度材料として知られるジアルキルのBTBT(10-BTBT-10)は100℃で結晶膜は融解する5)。通常,溶解度の向上と耐熱性の改善を同時に実現することは難しい。しかしながら,液晶相の活用はこの矛盾を解決できる。結晶に近い液晶相を発現させることにより,溶解性を保持したまま薄膜の耐熱性を改善することができるからである。

図2に示すように液晶相には多数の種類が存在する。ディスプレー応用で利用される液体性の強いネマチック(Nematic)相はその一例に過ぎない。液晶には,液体性の強いネマチック相から,レイヤー(分子層)構造を形成するスメクチック(Smectic)相,さらに,レイヤー内で分子が最密充填した結晶に極めて近いSmecticE(SmE)相に至るまで,多数の液晶相が存在する。実際,SmE相においては,前述のネマチック相のような流動性は全くみられない。

図2 棒状液晶材料のさまざまな液晶相。
図2 棒状液晶材料のさまざまな液晶相。

このように結晶に近い高次の配向秩序を持つ液晶相は固体様の性質を示し流動性は見られない。このため結晶膜が温度の上昇に伴い結晶相から液晶相へ転移しても,膜の形状を保ち再び温度が下がると可逆的に結晶相へと転移し結晶膜となる。このため高次の配向秩序液晶相を発現する液晶物質を用いると,その液晶相による高溶解性を保持したまま,その結晶薄膜は液晶相温度内においては融解することもないために安定に薄膜状態を保つことができ,実質的な薄膜の耐熱性はその液晶相を発現する温度領域まで拡大できる5, 6)

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