理研ら,細胞指紋による細胞分化の可視化に成功

理化学研究所(理研)と大阪大学の共同研究チームは,ラマン散乱光の分光スペクトルを用いて,細胞の分化状態を非染色かつ非侵襲で識別し,細胞分化の途中過程における細胞状態の変遷を可視化することに成功した(ニュースリリース)。

正常細胞とがん細胞との識別や良質な人工多能性幹細胞(iPS細胞)の仕分けなど,細胞の種類や分化状態を判断するために,近年では遺伝子やタンパク質発現・相互作用などの情報が主に使われてきた。しかし,これらの情報を得るためには,細胞を破砕するか,蛍光抗体で染色する必要がある。このような従来の方法では細胞に損傷を与えてしまうため,細胞を損傷なく識別する方法の開発が待たれてた。

ラマン散乱は,物質に光を照射した際に,分子の固有周波数の光が散乱される現象。細胞はさまざまな物質で構成されているため,細胞個々のラマン散乱スペクトルは,構成される物質の種類や含有比によって異なる可能性があった。

共同研究チームは,細胞の種類や状態を識別できる各細胞固有の情報を「細胞指紋」と呼び,これまでに細胞の種類や分化状態によって,ラマン散乱光の分光スペクトルが異なっていることを実測により確認し,それらを識別する数学的手法を開発した。

今回,この技術を用いて,胚性幹細胞(ES細胞)の初期分化,筋肉分化の過程におけるラマン散乱光の分光スペクトルを調べた。すると,分化途中過程は,分化前後にくらべて,細胞が不安定な状態であり,ラマン散乱光の分光スペクトルが座標上で「広く分布」することを発見した。

ラマン散乱光は非常に微弱であるため,検出するためには細胞に強い光を照射する必要がある。強い光は,細胞に損傷を与える可能性があるが,大阪大学では生きた細胞のラマン散乱分光スペクトルを非侵襲で検出できる顕微鏡を開発している。今回このラマン散乱分光顕微鏡を用いて,筋肉分化モデル細胞株の分化過程における細胞の状態遷移を経時的に追跡することに成功した。

この技術は,細胞に光を当てた時の散乱光を解析するだけで細胞の種類・状態を識別できる技術。従来の方法のように細胞を破砕する必要がなく,蛍光抗体で細胞を染色する方法に比べても細胞に対する毒性が低いことが特長。

また,顕微鏡技術を基盤としているため,単細胞精度での種類・状態識別が可能であり,iPS研究やがん細胞の判別診断のみならず,広い応用が期待できるとしている。

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