東京大学,産業技術総合研究所,高輝度光科学研究センターは,新材料「カイラル反強磁性体」において従来材料である強磁性体よりも高い周波数で安定動作可能なスピントルクダイオード効果を発見した(ニュースリリース)。
強磁性体は,マイクロ波帯域で固有の共鳴周波数を持ち,マイクロ波と効率的に相互作用できる。たとえば,二つの強磁性体で絶縁体を挟んだ磁気トンネル接合素子において,マイクロ波電流を印加すると直流電圧が発生するスピントルクダイオード効果が広く知られている。
しかしながら,強磁性体を用いた場合には,そのダイオード信号の強さは周波数が高くなるとそれに反比例して大幅に減少するという問題があった。
研究グループは,この問題を解決するため反強磁性体に着目し,その特殊な構造から反強磁性体にもかかわらず,強磁性のような応答を示すカイラル反強磁性体であるマンガン(Mn)・スズ(Sn)合金Mn3Snを用いた。まずMn3Sn合金薄膜をタングステン(W)薄膜の上に作製し,その厚みを7nmという極限まで薄くした。
この二層膜に電流を流すと,W層において電流がスピンの流れであるスピン流に変換され,Mn3Sn中に注入され,Mn3Snのスピンの運動が誘起される。この作製した薄膜をデバイスに加工し,磁場をかけながら,5GHzのマイクロ波電流と直流電流を同時に印加する実験を行なった。
すると,マイクロ波電流の印加に応じて,そのパワーに比例する特徴的なピーク構造を持つ直流電圧が現れることを発見した。この結果は,反強磁性体を用いたデバイスでもスピントルクダイオード効果が発現したことを示しているという。
また,印加するマイクロ波の周波数を30GHzまで変えながら実験を行ない,このピークの大きさが30GHzまでの範囲でほとんど変化しないことを見出した。この振る舞いは,一般に強磁性体におけるダイオード信号が周波数に反比例し減少してしまうことと本質的に異なる。
この振る舞いを理解すべく,反強磁性体に特有の交換相互作用を考慮した詳細な数値シミュレーションも行なった。シミュレーションは実験結果をよく再現し,直流電流が駆動するスピンの運動が磁場によって抑制される際に,効率的にマイクロ波と相互作用し整流作用を生み出すことがわかった。
これにより,実験で観測された周波数に対し安定な動作が,たしかに反強磁性体で顕在化する強い交換相互作用によるものであることが明らかになった。
研究グループは,この新しいスピントルクダイオードがテラヘルツ波に至る高周波数領域での応用が見込まれ,次世代のスピントロニクスおよび高速通信の発展につながるとしている。