分子科学研究所,理化学研究所,名古屋大学は,水溶液中のポルフィリン金属錯体の軟X線吸収分光計測から,その金属―配位子間の非局在化を中心金属と配位子を分離した電子状態解析により明らかにした(ニュースリリース)。
これまで,金属錯体の構造は主に結晶状態において,単結晶X線構造解析により決定されてきた。一方,金属錯体がその機能を発現するのは,結晶状態ではなく溶液中や足場タンパク質中のため,溶液中の金属錯体の電子状態や配位構造の直接観測が強く求められてきた。
水溶液中のポルフィリン金属錯体のXAS計測は,分子科学研究所UVSORの軟X線ビームラインBL3Uに,研究グループが開発した溶液XAS測定システムを接続することで行なった。
水溶液中のFePPIX,CoPPIX,PPIXの窒素K吸収端XASスペクトルでは,中心金属のないPPIXには水素原子の有無による2種類の窒素原子があり,これに対応する2つのC=N π*ピークが現れた。FePPIXでは配位子の4つの窒素原子は等価になるが,C=N π*ピークは複数存在することが分かった。
これは,窒素原子の2p軌道と鉄原子の3d軌道が分子軌道をなすことによる金属-配位子間の非局在化を反映したもの。CoPPIXのC=N π*ピークは,FePPIXと比較して高エネルギー側にシフトすると共に,複数のピーク間のエネルギー差が大きくなった。
FePPIXとCoPPIXのC=N π*ピークの違いは,金属錯体のスピン状態や電子状態の違いを反映したものであることが分かった。これまで主に行なわれてきた中心金属を吸収端とするXAS計測では,配位子が同じで中心金属が異なる金属錯体の電子状態の直接的な比較は不可能だった。
この研究では,金属錯体の配位子の窒素K吸収端XAS計測により,金属-配位子間の非局在化の中心金属依存性を直接観測することに成功した。
溶液中のポルフィリン金属錯体は,溶媒分子による錯体構造の変化や,溶媒分子の金属錯体への配位などが知られている。研究グループは,水溶液中での配位構造が分かっていないCoPPIXについて,窒素K吸収端XAS計測と複数の配位構造モデルに基づく内殻励起計算を行ない,CoPPIXが水溶液中でポルフィリン環の4つの窒素原子と1つの水酸化物イオンが配位した5配位構造を維持することを明らかにした。
研究グループは,この研究で開発した溶液の金属錯体のXAS計測では,機能を発現した状態での金属錯体の電子状態解析が可能なため,金属錯体が関わる様々な生化学現象のメカニズムの解明が期待されるとしている。