東京工業大学,東北大学,筑波大学は,化学反応性を持つ金属錯体をタンパク質結晶に固定化し,X線自由電子レーザー(XFEL)と量子古典混合(QM/MM)計算を用いて化学反応中の金属錯体の構造変化をナノ秒レベルで原子分解能追跡し,反応機構を解明する技術を開発した(ニュースリリース)。
人工分子反応の追跡手法は多数報告されているが,反応の際に生じる活性種の構造変化を実時間・原子レベルで追跡することは困難であった。
研究グループは,光照射により一酸化炭素(CO)を放出するマンガンカルボニル(Mn(CO)3)錯体を多孔性のニワトリ卵白リゾチーム(HEWL)結晶に固定化し,CO放出反応中の金属錯体の構造変化をTR-SFX法によって直接リアルタイムで観察することに成功した。
正方晶はバルクスケールで10分以内に結晶を大量に合成することができ, 内部に2.2nmの細孔空間が存在する。合成したMn(CO)3-HEWL複合体のX線構造解析の結果,Mn(CO)3錯体は細孔表面に位置するアミノ酸His15に配位固定化していることが分かった。
次に,Mn錯体の光励起化学反応の構造変化を直接観察するため,XFEL施設SACLAでナノ秒ポンプレーザーを用い,365nmの紫外光を結晶に照射し,Mn(CO)3錯体からCOを放出させた。光を照射後,10ナノ秒から1マイクロ秒後にXFELによる回折実験を行ない,コマ送り撮影のようにMn(CO)3錯体からCO が放出される過程の中間構造を観察した。
光照射中の一連の構造解析の結果,アキシャル位のCO配位子が最初に放出され,Mnビスカルボニル種が中間体として観察された。その後,エカトリアル(eq1)に位置するCO配位子が放出され,最終的には,3つのCOが放出され,Mn錯体も放出された。 さらに,反応中に起こるタンパク質の側鎖の関与とその構造変化についても可視化することができた。
実験的に観測されたMn錯体のCO放出の詳細を明らかにするために,QM/MM計算を行なった。光照射前のリゾチーム結晶内のMn(CO)3(H2O)2の構造を用いてQM/MMモデルを構築したところ,Mnに配位している3つのCOの周辺にリゾチームのアミノ酸残基があることで,COと水分子の交換反応が配位位置によって変わり,選択的反応が起きることを明らかにした。さらに,TR-SFX法で直接観測した構造が主反応経路上にあることを示した。
研究グループは,この手法は,有用な分子触媒の設計や複雑な分子反応メカニズムの理解へ貢献すると期待されるとしている。