東京理科大学,東海大学,中国天津大学,生理学研究所は,高分子ナノ薄膜と光照射によって状態変化する光硬化性樹脂を用いた透明な素材で頭蓋骨を代替する手法を開発し,マウスの大脳皮質から小脳までの頭頂部広域の神経細胞を6ヶ月以上の長期間に渡って二光子励起顕微鏡法で観察することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
一般的に,生きた状態の動物の神経細胞を二光子励起顕微鏡法で観察するには,頭蓋骨をカバーガラスで置換し,透明性の高い観察窓を作成するオープンスカル法が用いられている。しかし,この手法で広範囲の観察窓を作成する場合には,平坦かつ硬質なカバーガラスが,曲面である脳組織を圧迫してしまう課題があった。
このため,曲げたカバーガラスや柔軟なシリコンゴムなどを用いて脳への圧力を減らした手法が報告されているが,大脳皮質の観察のみを目的としており,複雑な表面形状と高い曲率を有する小脳までを観察対象に含む広範囲の観察窓作成手法はなかった。
研究グループは,高い柔軟性,接着性,透明性を有する高分子ナノ薄膜と紫外線の照射によって硬化する光硬化性樹脂を組み合わせた観察窓を作成する手法を開発し,NIRE法と名付けた。
NIRE法では,止血と炎症防止効果を有するPEO-CYTOPナノ薄膜を脳表面に貼りつけたのちに,液体状の光硬化性樹脂をナノ薄膜表面に滴下してから紫外線照射により硬化させることで頭蓋骨の一部を透明な素材で置き換える。
脳組織と生体に害のある物質の接触を防ぐ保護膜としてナノ薄膜を利用することにより,液体から固体へ状態変化する特性を持った光硬化性樹脂を観察窓の素材として活用できる。
これにより、小脳などの複雑な曲面を持つ領域を観察対象とする場合においても脳組織を圧迫することなく,脳組織にフィットした観察窓の作成が可能となった。また,PEO-CYTOPナノ薄膜のみを観察窓の素材とする手法と比較し,光硬化性樹脂によって観察窓の機械的強度を強化することでマウスの体動による視野ブレの発生を防いだ安定的な観察がNIRE法により可能となった。
実際にNIRE法を用いて作成した観察窓を通じてイメージングを行なった結果,一匹のマウスにおいてミクロな神経細胞のスパイン構造からマクロな多数の神経細胞群までマルチスケールに観察することに成功した。さらに,大脳皮質から小脳までの広範囲における脳領域の神経細胞の形態を,6ヶ月以上の長期間に渡って経時的に観察することに世界に先駆けて成功した。
研究グループは,この手法が,複数の脳領域の協調的な活動が関与する高次脳機能の解明につながるとしている。