広島大学の研究グループは,見過ごされていた文脈依存性に着目し,その実証に必要な実験的条件を調べ,量子チェシャ猫が文脈依存によって成立する逆説であることを理論的に示し,さらに実証に必要な実験方法も示した(ニュースリリース)。
量子文脈依存性とは測定に応じて量子系が変化する性質のことで,量子力学での実在性否定の鍵となるもの。その結果,測定によってはお互い矛盾するような奇妙な性質が実際に観測される場合がある。
量子チェシャ猫逆説は,中性子や光子などの量子的粒子とそれらの属性であるスピンや偏光などが分離して,それぞれが異なる経路を独立に移動した結果が観測されるという逆説で,これがあたかも実際の物理的状況であるとの誤解を与えかねない状況にあった。
そこで研究グループは,見過ごされていた文脈依存性に着目し,その実証に必要な実験的条件を調べた。
光子の場合,物理的な自由度は光干渉計の光路と偏光の二種類で,光子の初期状態を光路と偏光の量子もつれ状態にする。この状態に対して,干渉計の一方の出力の測定と直線偏光の測定を上手に組み合わせた測定を行なうと量子チェシャ猫逆説が成立する状況になる。
光路と偏光の場合,文脈依存性の実証のために必要な条件は3つある。ベルの不等式と同様に古典的な実在論が成り立っていれば,それらが起こる確率の和が量子チェシャ猫の起こる確率よりも大きい,という不等式の関係が成立する。
3つの条件のうちの1つは光路2の確率,もう一つは干渉計出力の偏光の確率だが,問題はもう一つの条件が不明な点だった。さらに測定は量子系を変えてしまう可能性があるため,それぞれの確率を量子チェシャ猫の成立の下で検証する方法も問題だった。
研究の結果,3つめの条件は光路と偏光の相関の確率であることが分かった。さらに偏光光学素子を上手く使えば,これらの確率を実際に測定できることも分かった。
3つの確率は理論的にはすべてゼロになる一方,量子チェシャ猫の起こる確率は明らかにゼロではないので,不等式は破れる。したがって量子チェシャ猫は文脈依存で成立する逆説であることが分かった。
この結果は,対象物が仮に測定方法に依存しない物理的実体と考えると,異なる測定を組み合わせた観測結果を説明できないことを意味する。量子チェシャ猫の観測結果が実際の物理的実体を示すとは限らないことになる。
研究グループは,今後は同様な量子逆説を文脈依存性から統一的に調べることによって,現代の計算機を凌駕する量子計算のような古典的現象を超越する量子技術の可能性を最大限に引き出すための知見が得られることが期待できるとしている。