東京大学の研究グループは,室温の半導体GaAsにおける電子のスピンホール伝導度をスペクトルとして計測し,スピンホール効果の周波数特性を初めて実験的に評価することに成功した(ニュースリリース)。
固体に電場をかけると,電場と平行方向に電子が動いて電流が流れる。ただし電子には上向きと下向きのスピンを持った2種類の電子が存在し,それぞれ電場とは垂直な方向に対して逆向きに動く。この結果,電場と垂直方向にはスピンの流れ,つまりスピン流が生じることが知られており,これはスピンホール効果と呼ばれている。
スピンホール効果は,①電子の波動関数のトポロジカルな性質を反映した内因的機構,②電子の経路が不純物によって横ずれするサイドジャンプ機構,③電子が不純物によって斜めに散乱されるスキュー散乱など,三つの異なるメカニズムによって生じる。
これらが互いに競合してスピンホール伝導度を与えるため,明確に区別することは難しい。従来のスピンホール効果の研究は,定常的な,周波数ゼロ極限の電場や電流に対して計測されるものばかりだったが,今回,スピンホール伝導度をテラヘルツ周波数帯で計測することに挑戦した。スピンホール伝導度スペクトルを計測することができれば,三つのメカニズムを分離して理解できることが期待される。
研究グループは,室温の半導体GaAsに近赤外の円偏光パルスを照射してスピンの向きが偏った電子と正孔を注入し,その伝導度をテラヘルツ時間領域分光によって計測した。特にテラヘルツパルスの偏光方向に注目し,10μrad以下の精度で偏光回転角を精密に計測した。
その結果,スピンが偏った電子がテラヘルツ電場とは垂直方向にも動いたことによって放射される電磁波を明確に捉えた。その信号の解析から,テラヘルツ周波数帯におけるスピンホール伝導度の周波数変化の計測に成功した。
さらに理論計算と比較した結果,①内因的機構,②サイドジャンプ機構,③スキュー散乱の三つの計算結果の和と実験結果が定性的にも定量的にも非常によく一致した。その結果,三つの寄与をそれぞれ明確に分離することに成功した。
半導体GaAsのスピンホール効果は,従来調べられてきた周波数ゼロ極限では不純物によるサイドジャンプ機構が支配的だが,研究で調べたテラヘルツ周波数の速い電場に対しては,特に伝導度実部について内因的機構が支配的になった。
研究グループは,この研究成果は,テラヘルツ周波数帯のスピンホール効果を非接触に計測して発現機構を特定し,材料が持つスピン輸送のパラメーターを定量評価する手法として貢献が期待されるとしている。