電気通信大学の研究グループは,ヒトの目のように錯視する機能をもつ視覚ニューロン素子を開発し,画像の輪郭検出と明暗錯視検出を実現した(ニュースリリース)。
視細胞は,光刺激によって興奮すると同時に隣接した細胞を抑制する「側抑制」と呼ばれるしくみをもつ。抑制する領域が興奮する領域を取り囲むようにして1つのニューロン(網膜神経節細胞)に情報を送るので,中心と周辺がバランスをとるような同心円状の応答領域「受容野」を構成する。側抑制とは,強い刺激をより強く,弱い刺激をより弱くするメカニズムで,輪郭を強調して効率的に物体を認識する。
視覚デバイス実現のため,半導体に替わる「バクテリオロドプシン(bR)」というタンパク質が,動物の視物質ロドプシンと同様の視覚機能と高い安定性をもつスマートマテリアルとして,人工網膜や視覚センサーに適用されてきた。
研究では,bRだけを使って,網膜神経節細胞の応答を模倣した視覚ニューロン素子を実現した。網膜神経節細胞の受容野は中心と周辺領域が同心円状に配置された構造をもち,DOG関数で近似される。
DOG関数を2値に簡略化すると,興奮領域と抑制領域がそれぞれ円形とドーナツ型になる。透明電極上にbRをそれぞれの形に成膜して向かい合わせ,電子部品を使わない2値化DOGフィルターを構成した。
bR自身がプロトンポンプという光合成機能と畳み込みという視覚機能をもつため,外部電源や演算回路,ソフトウェアを使わずに,bR-DOGフィルターに画像を走査するだけでデジタル画像処理と同様の輪郭検出結果を得た。
シュブルール錯視は,隣接した暗い面の境界が実際より暗く,明るい面の境界が実際より明るく見える錯視。bR-DOGフィルターによる実験結果では,隣接した面の境界に明暗の線がはっきりと出力し,明暗の出力比が1:3くらいに非対称となった。一方,計算機シミュレーションでは境界の明暗の出力が対称となった。
ネコのX型網膜神経節細胞に光バーを走査すると正負の応答が非対称(およそ1:3)になるが,これは霊長類のX型網膜神経節細胞の応答時間が中心より周辺領域の方が遅いためで,遅れを考慮した計算機モデルでも非対称が確認されている。
この研究で作製したbR-DOGフィルターは単純化しているにも関わらず,神経節細胞の中心周辺間の応答遅延までも忠実に再現した。
研究グループは,ロボットビジョンなどへの実装だけでなく,集積回路上の人工視覚システムの実現をめざす次世代 AI 分野に新たな方向性を与えることが期待されるとしている。