理化学研究所(理研)と東芝ナノアナリシスと高輝度光科学研究センターは,X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」を用いた新しい非線形分光法を考案し,これまで1次元的にしか測定できなかった蛍光X線スペクトルを2次元に拡張することに成功した(ニュースリリース)。
蛍光X線を放出させるために原子を励起すると,多数のさまざまな電子状態が出現し,それぞれが強度や位置の異なる蛍光X線を放出する。これらのスペクトル成分が重なって観測されるため,その電子状態を正確に読み取ることは容易ではない。
研究グループは,蛍光X線スペクトルを2次元化するため,蛍光X線放出の逆過程の利用を検討した。蛍光X線は,原子の一番内側の電子軌道にある1s電子を励起すると放出される。これには大きく分けてKα線とKβ線がある。
Kα線は,1s軌道のすぐ外側にある2p電子が励起された1s電子の残した空席を埋めるときに放出される。一方,Kβ線は,2p電子の外側にある3p電子が励起された1s電子の残したホールを埋めるときに放出される。
仮に,X線を照射して1s電子を3p軌道に励起できたとする。この吸収過程はKβ発光の逆過程であることから,Kβ発光と同等の情報が含まれている。その次にKα発光を測定すれば,KβとKαの両方の情報を持った2次元のスペクトルが得られると考えた。
ところが,測定したい原子の3p軌道は全て埋まっていて,そこに1s電子を励起することが原理的に許されないという問題があった。これを回避するために,X線の非線形な吸収過程の利用を思いついた。
あらかじめ一つ目のX線光子で3p電子を励起して,3p軌道にホールを作っておく。この瞬間であれば,二つ目のX線光子を吸収させて1s電子を3p軌道に励起でき,最後に1s軌道のホールを埋めるときにKα発光が起こる。この2光子吸収過程と合わせて,全体として「非線形共鳴非弾性X線散乱」と呼ぶべき新しい非線形光学過程となる。
しかし,このような2光子吸収の実現のために,「SACLA」のX線自由電子レーザーを利用したところ,銅の蛍光X線スペクトルについて,通常の発光光子エネルギー情報(今の場合Kα線に対応)に励起光子エネルギー情報(Kβ線に対応)を付加して,2次元に拡張することに成功した。
この2次元蛍光X線スペクトルは六つのスペクトル成分に分離できることが分かった。このうち五つは,研究グループの採用した配位子場理論で予測されるものとよく一致することも判明し,研究の有効性が示された。これについて研究グループは,原子の電子状態の正確な理解に役立つ成果だとしている。