東京大学,防衛大学,東北大学は,基底状態にあるすべての電子構造(全電子構造)を人工知能で予測する手法を開発した(ニュースリリース)。
半導体や電池,触媒などの物質の機能は,安定な基底状態の電子構造によって支配されており,物質開発の現場では,電子構造を調べるためにスペクトルが日常的に測定されている。
例えばX線や電子線を照射して物質中の電子を励起し,励起状態に応じて測定されるスペクトルを解析して物質の原子配列と電子構造を調べる。つまり,物質開発分野で測定されるスペクトルは安定な基底状態ではなく,電子が遷移した励起状態を反映している。
しかし,ペクトルで得られる情報はすべての電子構造ではなく,一部の情報しか有していないため,そこから基底状態の全電子構造の情報を得るためには,大規模で複雑な理論計算と専門知識が不可欠だった。
今回,高い空間分解能を有する内殻電子励起スペクトルを用いた。内殻電子励起スペクトルは,物質中の電子が励起した励起状態を反映している。さらに,内殻電子励起スペクトルは,電子が占有していない非占有軌道の情報しか有していないことが知られている。
研究グループでは,まず,有機分子から励起状態のスペクトルと基底状態の全電子構造をそれぞれ約11万7千個計算し,データベース化した。次にこのデータをもとに,スペクトルと基底状態の全電子構造の関係性を,ニューラルネットワークに学習させた。
その結果,励起状態の一部の情報しか持たないスペクトルから,基底状態の全電子構造を高精度に予測する人工知能を構築することに成功した。さらに,スペクトルが本来有している非占有軌道の情報に加え,占有軌道も高精度に予測できていることもわかった。つまり,今回の手法により,占有軌道と非占有軌道を含めた全電子構造の予測に成功したと言える。
さらに,予測モデルの外挿性も調べた。今回の研究では,原子数20個程度の比較的小さな有機分子を用いて予測モデルを構築している。予測モデルの構築に使用する分子を最適化することで,100原子程度の学習で用いた分子よりも大きな分子に利用可能な外挿性を有する予測モデルの構築に成功した。
また,実験的に測定されるスペクトルにはノイズが必ず含まれており,予測精度に影響を与える。そこで,人工的なノイズを発生させたスペクトルデータベースを系統的に作成し,ノイズが及ぼす予測精度への影響を調べた。その結果,ノイズの影響を最小限にするための,最適なモデル構築の指針を確立することができた。
研究グループは,この手法を活用することで,物質の構造解析の発展にも大きく貢献できるとしている。