兵庫県立大学と大阪大学は,セラミックスがもつ強靭性をもたらす相変態機構をテラヘルツ波で高効率で誘起させることができ,また,逆にこのことが破壊的な破砕を引き起こすことを発見した(ニュースリリース)。
高強度のレーザーの波長変換技術により,最近では高強度の光で格子振動を効率的に駆動して結晶内で原子の再配列を引き起こし,高温超伝導体の臨界温度を高めるなど,材料の機能を変化させることができる。
特定の結晶構造の変化を伴う現象であるマルテンサイト変態は形状記憶合金などで広く利用されている現象で,格子のせん断変形が重要な現象。研究グループはこれに類似した運動を,周波数の低いテラヘルツ光で引き起こせると考えた。
実証実験では,部分安定化ジルコニアに注目。部分安定化ジルコニアは強靭性を持つファインセラミックスで,室温では主に準安定な正方晶相を構成しているが,機械的な歪みで単位格子の基底面に平行に9°のせん断歪みをもたらす単斜晶に相変態する。
この物質に亀裂などが入ると,亀裂周辺の歪みで相変態に伴う体積膨張によって,亀裂の伝播を回避する。つまり,亀裂先端の応力集中を緩和する応力誘起相変態強化機構がセラミックスの強靭性をもたらすことから,本来は機械的な歪みでのみ誘起できる相変態を光で実現できると考えた。
実験ではテラヘルツ自由電子レーザーを使用し,市販の部分安定化ジルコニアプレートに照射した。4THz(波長75μm)のテラヘルツパルスを照射すると,照射スポットの中心の高さが上昇し,表面近傍が破砕している様子が見られ,この照射痕の構造解析から,明確な正方晶から単斜晶へのマルテンサイト変態が生じていることが判明した。
紫外光パルス照射(波長0.266μm),近赤外フェムト秒パルス照射(波長1.03μm),中赤外パルス照射(波長10.6μm)のレーザーを使用した照射痕には明確な相変態は見らないことから,4THzの高強度のテラヘルツ光を照射するとマルテンサイト変態を高効率かつ照射領域全体で誘起させたため,破壊的な膨張が生じたと結論づけた。
テラヘルツ照射で駆動しうる格子振動を計算したところ,剪断歪みを引き起こし得る格子振動が2THzの周波数にあり,4THzの格子振動から高効率で変換しうることから,特定の周波数のテラヘルツ光が結晶の大部分で効率的にマルテンサイト変態を引き起こすことを結論づけた。
この結果は,高強度のテラヘルツ電磁波が物質の性質を劇的に変化させるツールとしての可能性を示すもの。研究グループは,テラヘルツ波の照射痕を調べることで新しい強靭性物質の開発を加速させることも期待されるとしている。