北海道大学と英ラザフォード・アップルトン研究所は,中性子ビームを使った新しい温度可視化技術(サーモグラフィ)の開発に成功した(ニュースリリース)。
非接触かつ非侵襲の温度測定法には,赤外線サーモグラフィなど様々な技術があるが,例えば機械の閉鎖空間内にある部品の,さらに体積内の温度を非接触かつ非侵襲で測定することは極めて難しい。
そこで,量子ビーム(放射線)の一種である中性子ビームを利用したイメージング(レントゲン撮影)技術により,物体内部の温度イメージングが試みられてきた。この方法は,粒子加速器を利用した加速器駆動パルス中性子源と,中性子飛行時間分析型イメージング検出器を組み合わせたもの。
中性子は物質透過能力が高く,閉鎖空間内にある物体の,さらに体積内の温度を非接触かつ非侵襲で測定することができる。従来,検出器で観測できる透過中性子分光データ中の共鳴吸収あるいはブラッグ散乱を解析した温度測定が試みられてきたが,課題も多くあった。
研究グループは中性子の非弾性散乱に着目。非弾性散乱の温度に対する応答は極めて大きく,従来よりも温度測定がしやすくなるというメリットがある。しかし,北大が開発した透過中性子分光データ解析ソフトウェア「RITS」を利用して非弾性散乱を解析し,温度を導出することを試みた結果,RITSの計算/解析アルゴリズム「非干渉法」では高温のデータを解析できないことが明らかになった。
そこで研究グループは,RITSの弾性干渉性散乱(ブラッグ散乱)と非弾性散乱に関する二種類の原子変位パラメータの計算/解析アルゴリズムの修正を行ない,体心立方格子型の結晶構造(原子配列)を持つ鉄のみに限定されるが,温度解析を実現することに成功した。また,計算予測に対して二種類の原子変位パラメータは,同じ比率になっていることも明らかになった。
開発した温度解析技術により,真空チャンバー内に閉じ込められた厚さ10mmの鉄の内部の温度の可視化を試みた。実験は鉄試料の温度を21℃,98℃,192℃の3段階に変化させて行なった。各温度点で可視化された平均温度は31℃,97℃,185℃であり,10℃程度の誤差で温度分布画像を取得することに成功した。
従来の共鳴吸収法やブラッグ散乱法を利用した技術よりイメージング効率が高いと見込まれるため,この技術の実用化は早く進むことが期待されるという。研究グループは,それより将来的には,産業製品の閉鎖空間内の物体内部の非接触・非侵襲温度測定,ひいては,社会の様々な熱エネルギー問題の解決に資することが期待されるとしている。