大阪公立大学と産業技術総合研究所は,これまで閉殻分子とみられていた近赤外吸収色素が,閉殻と開殻の中間的な電子構造を持つことを発見し,色素内で開殻構造の割合が増加すると,吸収できる近赤外光の波長が長くなることを明らかにした(ニュースリリース)。
多くの物質に対して透明である近赤外光は,情報通信,セキュリティーインク,生体深部イメージング,非侵襲性治療などに有効とされている。このような技術革新には,近赤外光を効率よく吸収する有機材料が不可欠だが,これまで近赤外光吸収有機材料は不対電子のない閉殻構造の分子として取り扱われてきた。
研究グループは,分子の中心に四角形や五角形のオキソカーボン骨格,分子末端にヘテロ環骨格を持つ近赤外吸収有機色素の電子構造を解明するために,近年活発に研究されている“開殻一重項分子”の評価手法を採用した。
その結果,プロトン核磁気共鳴分光測定や電子スピン共鳴分光測定では,共鳴シグナルの温度による顕著な変化が観測され,色素が一重項から三重項へ熱エネルギーで励起可能であることがわかった。また,X線結晶構造解析から,オキソカーボン骨格やヘテロ環骨格が開殻一重項状態の形成に寄与していることが判明した。
開殻一重項状態では,2つの不対電子(ジラジカル)が互いに反平行に束縛された一重項状態になっているが,熱によってスピンの向きがそろった三重項へ励起されるので,磁気モーメントが生じる。実際に,超電導量子干渉計を用いた磁気測定では,温度上昇に伴った磁化率の上昇が認められたという。
これらの現象はいずれも開殻一重項分子に特徴的に見られるもので,用いた色素が2つの不対電子をもつ開殻ジラジカル構造と不対電子のない閉殻構造の中間状態(開殻一重項状態)にあることを初めて明らかにした。
さらに,色素の吸収波長が長波長化すればするほど,開殻ジラジカル構造の寄与が高まることが判明した。色素の吸収波長に対応する電子遷移エネルギーとジラジカル性の相関は1989年に予想されており,その予想を実験的に証明した。
一方,開殻一重項分子は閉殻分子系に比べて大きな二光子吸収特性を持つことが知られている。研究で用いた色素も比較的高い二光子吸収能を持っており,開殻一重項状態がそれらの二光子吸収能に寄与していると考えられるという。
この研究によって明らかとなった吸収波長とジラジカル性の相関関係が近赤外吸収色素に普遍的に適用できるのか,現状では明らかではないものの,研究グループは今後,この相関関係の適用範囲と制限を明らかにすれば,近赤外吸収色素の設計に新しい指針を与えるとしている。