大阪公立大学の研究グループは,有機EL材料として知られるαNPD分子薄膜の室温でのスピン輸送に成功し,この分子薄膜が室温で約62nmという,実用化が期待できる長さのスピン拡散長を持つことを発見した(ニュースリリース)。
物質中の電子の持つ磁気情報(スピン)と電荷の両方を活用するスピントロニクス技術が次世代のキーテクノロジーとして注目されている。
原子番号の小さい元素で構成される有機分子材料は,スピン軌道相互作用(スピン輸送におけるスピン情報の散乱要因の一つ)が弱いため,他の元素で構成される材料に比べて長い距離のスピン輸送が期待できる。研究グループは有機EL材料の一つであるαNPD分子薄膜に着目し,室温でのスピン輸送を試みた。
研究では,真空蒸着法を用いて「強磁性金属 Ni80Fe20薄膜/αNPD 分子薄膜/パラジウム(Pd)薄膜」の三層構造試料を作製した。次にNi80Fe20薄膜の強磁性共鳴(FMR)によって駆動するスピンポンピングを使って,Ni80Fe20薄膜からαNPD分子薄膜へスピン流を生成し,Pd膜へスピン輸送する実験を行なった。
スピンポンピングとは,強磁性材料(Ni80Fe20)がFMR状態にあるときに,別の材料(αNPD)が接している場合に共鳴状態の磁気情報を強制的に受け渡すことができる現象。
αNPD分子薄膜(スピン輸送層)にはさらにPd層(スピン検出層)が接しており,αNPD分子薄膜に生成されたスピン流はPd層に吸収される。したがって,Ni80Fe20薄膜のFMR状態下でPdの逆スピンホール効果を起源とする起電力が観測できれば,スピン流が輸送された証拠になる。
その結果,Pdを使った試料で観測された起電力の主要な起源は逆スピンホール効果であり,すなわちαNPD分子薄膜中のスピン輸送が室温で達成されたことを示すことができた。
また,逆スピンホール効果の電気信号は,三層試料のαNPD分子薄膜が厚くなるにつれて減衰した。この特性を解析することにより,αNPD分子薄膜のスピン拡散長をおよそ62nmと見積もることができたという。
αNPDに限らず多くの分子薄膜材料は光導電性を示すため,スピン輸送の主要な担い手が電子などの電荷であるならば,光照射でスピン輸送が制御できる。この手法により電力をほとんど消費せずデバイスの発熱も低減した超省エネデバイスの実現が期待できることから,研究グループは,その達成がこの分野のブレイクスルーの一つだとしている。