東北大学の研究グループは,固体結晶中の量子力学的な粒子の運動を起源とする新しいタイプのエコー現象を理論的に発見した(ニュースリリース)。
量子力学によって記述される系(量子系)のダイナミクスを深く理解することは,将来の量子科学技術の確立と発展に欠かせない。一例として,1950年に発見されたスピンエコーは核磁気共鳴(NMR)法の基礎原理として学術的・産業的に大きな波及効果をもたらした。
このようなエコー現象は一種の時間反転過程であり,発生するエコーにはダイナミクスの情報が埋め込まれているため,これを詳しく解析することで量子系の性質を調べることができる。
これまで知られていたエコー現象の多くは,少数の自由度(離散的エネルギー準位)からなる量子系において観測されるものだった。一方で,非常に大きな自由度(連続的エネルギー準位)を持つ量子系では,散逸や緩和の影響が大きく,エコー現象の研究例は限定的だった。
研究グループは,固体結晶中でエネルギーバンド構造を構成する準粒子のダイナミクスについて解析を行ない,準粒子波束の運動を起源とする新しいタイプの量子エコー現象を理論的に発見した。
具体的には,光励起パルスを固体に照射して電子とホール(正孔)のペアを生成したあと,テラヘルツ帯の駆動電場パルスを印加することで粒子の速度反転が生じ,ペアが再結合する際に励起パルスの波形を時間反転したエコーパルスが発生することを見出した。
また,発生したエコーパルスの振動数を解析することで,準粒子の分散関係を再構成できることを示した。さらには,このエコー現象が通常のエネルギーバンド理論が破綻するような電子間相互作用が強く働く絶縁体においても現れ,広い普遍性を持つことも明らかにした。
研究ではエネルギーバンド構造を持つ量子系に特有のエコー現象を初めて理論的に見出したことで,超高速量子ダイナミクスの基礎研究に新たな方向性が拓かれた。
特にエコーパルスにエネルギーバンド構造の情報が含まれている点は学術的に重要であり,従来の分光測定(スペクトロスコピー)法では直接的な観測が困難であった電子間相互作用の強い系にも適用可能な準粒子スペクトロスコピー法の基礎原理を得ることができたとする。
また,光駆動パルスを適切に制御することで準粒子の運動やそれに伴うエコーパルス波形の操作も可能であり,研究グループは,固体結晶を用いた新たな極短パルス発生源の原理としても期待されるとしている。