京都大学の研究グループは,ストークス偏光分光法と呼ばれる手法を近赤外のヘリウム原子輝線(波長1083nm)に適用し,1視線のみで視線に沿った発光分布を求める方法を開発した(ニュースリリース)。
核融合発電ではプラズマの温度や密度,また,不純物,壁に⼊射する熱量等を調べるためにプラズマからの発光は有⽤な情報だが,通常の観測⽅法では視線に沿った奥⾏き⽅向の発光が全て⾜し合わされてしまうため,分布の情報が得られない。プラズマを⾊々な⽅向から観測できれば分布を再構成できるが,核融合炉の保全や経済性の観点から,観測窓の数をできるだけ少なくすることが望まれる。
ストークス偏光分光法は,磁場中に置かれた原⼦やイオンの輝線スペクトルに⽣じるゼーマン効果の計測に⽤いられる。核融合炉内では,磁場の強さと向きが場所ごとに変化し,視線に沿った奥⾏き⽅向の場所ごとに輝線スペクトルのゼーマン効果が変化する。この特性を利⽤することで,視線に沿った輝線スペクトルの分布を推定できる。
ストークス偏光分光法を核融合プラズマに適⽤するには,輝線スペクトルのゼーマン効果と原⼦運動によるドップラー効果,電⼦・イオン衝突によるシュタルク効果を区別する必要がある。
研究では,シュタルク効果に対する感受性が⼩さい輝線を選択し,また,ドップラー効果に対してゼーマン効果が波⻑とともに⼤きくなる性質を利⽤して,近⾚外輝線を⽤いてゼーマン効果を⾼感度で計測した。この結果,可視輝線を⽤いて⾏なわれた先⾏研究と⽐較して,空間分解能が向上し,また,磁場が弱い装置でも計測を⾏なうことが可能となった。
研究の実施に当たっては,開発した近⾚外偏光分光システムを利⽤し,ヘリオトロンJ装置を⽤いて実験を⾏なった。トーラス型の重⽔素プラズマ中にヘリウムを⼊射し,ヘリウム原⼦の近⾚外輝線(23S-23P遷移,波⻑1083nm)を発光分光した。視線に沿った輝線スペクトル分布の推定には,京都⼤学と⾹川⾼等専⾨学校が共同開発した原⼦輸送シミュレーションを利⽤した。
今回,核融合炉で視線に沿った発光分布を得るために近⾚外ストークス偏光分光法が有効であることを⽰した。今後,計測対象を⽔素原⼦や不純物原⼦・イオン(希ガス,酸素,タングステン等)の輝線に広げることができれば,原型炉や商⽤炉への実装につながることが期待される。
また,ストークス偏光分光法は天体プラズマの観測にも利⽤されているが,天体プラズマと核融合プラズマでは温度や密度の分布,観測条件が異なる。研究グループは,両者の実験結果を⽐べることで,実験技術の進歩にもつながる可能性があるとしている。