筑波大学の研究グループは,中赤外線を用い,従来と比べ30倍速い30fsの時間領域で,原子や電子の動きを実空間(3次元空間)イメージング計測できる時間分解STM法を開発した(ニュースリリース)。
半導体素子の単位は10nmを下回る領域に入り,動作時間のスケールも1psに迫っている。更なる性能向上が進められている一方で,その進歩故にデバイスの性能を測定することさえ困難になっている。現在,デバイス中の原子1個1個を区別しながら1psより十分に速い時間領域で物質の電気的特性を調べたり,撮像したりする技術の確立が求められている。
固体表面のイメージングでは,「走査型トンネル顕微鏡(STM)」が用いられてきた。先端が原子1個ほどの細さの金属探針に電圧をかけ,探針と試料との間に流れる電流を測定してイメージングする。
STMではこれまで,テラヘルツ電磁波を用いることで,1ピコ秒の時間精度で1nmより小さな原子で構成される半導体表面の構造や電子状態を実空間イメージング計測する技術が確立されていた。
研究では,8fs秒の近赤外線(NIR)パルスを出力するレーザーを用意し,非線形波⻑変換を利用して1周期以下(30fsより短い時間)の間だけ強い電磁波を生じる中赤外線(MIR)パルスを生成する。これをSTMの金属探針―試料の領域に効率的に照射することで,30fsより短い時間だけ流れる電流を測定できる新しい時間分解顕微鏡法「MIR-STM」を開発した。
1周期以下のMIRパルスを生成し,真空容器の中に置かれたSTMまで導く。この時,NIRパルスとMIRパルスの両方を透過させられるように真空容器の窓にダイヤモンド材料を用いた。大気と真空の差圧に耐える厚さ(0.5mm)で,ビームサイズより十分大きい面サイズのものが無いため,手に入る最大サイズとして12mmとした。
また,MIRパルスが1周期以下の時間幅を保ちながらSTMの金属探針の先端に照射されている様子を計測する方法がなかったため,光電効果により生じる電流を利用してMIRパルスの時間波形を測定する手法を新たに確立した。
次世代電気デバイス材料として期待がかかる層状半導体MoTe2(二テルル化モリブデン)試料にこの手法を適用し,試料に瞬間的に光を当て,その後の変化を観察した。その結果,MoTe2のバンドギャップエネルギーが光励起により変化する様子を,従来にない時間精度で,直接観察することができたという。
研究グループはこの手法により,次世代の光メモリーや光電変換デバイスなど新たな材料や素子の開発・機能開拓の進展が期待されるとしている。