京都大学と東北大学は,約100pN(ピコニュートン)という微小な力に応答して蛍光色を変化させる分子として,羽ばたき型の蛍光Force Probeを開発した(ニュースリリース)。
材料にかかる応力や歪みを巨視的に可視化する方法は,偏光高速度カメラ,X線残留応力解析,計算機シミュレーションなどが既に確立されている。
一方,破壊しづらい高分子材料を開発するには,「破壊の起点となる分子レベルの力の偏りが,どのような化学構造部位で起こるのか」(ナノ応力集中)を理解する必要がある。光ピンセット,原子間力顕微鏡(AFM)などの装置を用いれば,孤立した1本の分子鎖にかかる微弱な力を直接解析できるが,複雑に絡まったありのままの高分子鎖ネットワークに伝わる力の分析は困難だった。
一般に高分子材料が変形して特定の分子鎖に無理な力がかかると,ついには化学結合が切れてしまい,材料の破壊が進む。しかし,そうなる前のタイミングでは,およそ100pNの力が分子鎖にかかってピンと張られる。
研究グループは,剛直な2つの翼を柔軟な関節でつなぎ合わせた独自の「羽ばたく蛍光分子」FLAPが,この領域(理論値で約100pN)の力に可逆応答する蛍光Force Probeとして機能し,分子レベルの力の偏りを定量解析できることを見出した。
FLAPを分子鎖に導入しておくことで,ピンと張られた分子鎖の比率に応じて局所の蛍光スペクトルが変化する。分子の両端にかかる張力がその閾値よりも低い状態ではV字型構造から青色の蛍光を発し,より高い張力がかかった状態では平面型構造に引っ張られて緑色の蛍光を示す。これにより,亀裂などの破壊が起こる前に,高分子材料の中でどのくらいの比率の分子鎖がピンと張られているかを知ることができる。
また,実際に高分子材料の延伸実験に運用した結果,分子鎖に伝わる力の偏りに関して,「変形に伴って顕著に応力が上昇するひずみ硬化領域では,分子鎖そのものよりも架橋点の方が,ナノ応力集中の度合いがおよそ2倍に偏る」という新しい高分子物理学の知見が得られた。このような分子レベルの情報は,蛍光スペクトルの形に反映されるため,顕微鏡技術と組み合わせれば,動画撮影による時間的変化や空間分布の計測もできるという。
研究グループは今後,①高分子力学におけるさらなる分子描像の解明を進めるとともに,②生体材料への応用によるライフサイエンス研究における使用や,③流体の内部や流路の壁面にかかる力を定量する技術へ展開できるとしている。