日本原子力研究開発機構(JAEA)は,磁性体の磁気が,電気抵抗に影響されず電圧によって省電力で制御されるメカニズムを,電子の持つ数学的構造「トポロジー」に基づき新たに見出した(ニュースリリース)。
スピントロニクスでは,物質中の電子が持つ微小な磁気「スピン」を用いて,磁性体が持つ磁気の向きや強さを制御し,大容量の情報を扱う磁気メモリ等に応用することを目指している。
現在のスピントロニクスでは,磁性体や重金属に電流を流し,流れる電子が持つスピンを用いて,磁性体の磁気を操作する方法が広く使われている。しかし,この方法はまず磁性体等に電流を流す必要があるため,電気抵抗の影響を受け,電流から発生する熱(ジュール熱)によるエネルギー損失が避けられない。
スピントロニクスを用いる磁気メモリ等の微細化・集積化のためには,このエネルギー損失は無視できない課題であり,電気抵抗の影響を受けない磁気制御の方法が求められていた。
この問題を解決するため,研究では,電子が示す「異常速度」と呼ばれる性質に着目。一部の物質では,電圧をかけた際,電子が電圧と同じ方向ではなく,電圧に対して垂直方向に動く(速度を得る)性質があり,この性質は「異常速度」と呼ばれる。
異常速度による電子の動きは電気抵抗の影響を受けず,量子力学的には電子の持つ数学的構造「トポロジー」に由来する。異常速度が顕著に現れる物質として,「トポロジカル絶縁体」「ワイル半金属」などの物質群が近年注目されている。
研究では,このような異常速度を持つ電子が,電子のスピンを介して磁気を制御する新たなメカニズムを発見した。異常速度による電流はエネルギー損失を起こさないため,省電力で磁気を制御できることを提案した。この成果は,少ない電流・消費電力での磁気制御技術の実現に道を拓くもの。
2007年以降,強磁性体であるルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)において,従来の電流を用いた磁気の制御に比べ,約100分の1の低電流による磁気の制御が測定されていた。しかし,その起源は未解明だった。この研究で導いた理論により,従来からSrRuO3で知られていた異常速度こそが,これまで未解明であった低電流での磁気制御の起源として働いていることを解明した。
研究グループは,今後,更なる省電力で動作するスピントロニクス候補物質を選択・設計していくにあたって,この研究で導いた新理論が有用な指針を与えるとしている。