東京大学の研究グループは,大脳の興奮性シナプスの後部である樹状突起スパインが,学習時に頭部体積を拡張する増大運動をして,自身の機能(グルタミン酸感受性)を増強する際,軸索終末を力学的に押し,終末はこの力を感知して伝達物質放出を増強することを見いだした(ニュースリリース)。
大脳のシナプスの70%(興奮性シナプスの90%)は,樹状突起スパインというトゲ構造の上に形成される。
スパインは反復刺激を受けると頭部体積を拡張する増大運動を行ない,その結果として長期的なグルタミン酸の感受性の増大が起き,長期記憶を形成していくことが見いだされている。
しかし,シナプスが増大運動する時は,必然的に軸索終末を押し,軸索終末は開口放出という力学的な機構で伝達物質放出を行なっており,押されることの影響を調べることは懸案だった。
研究グループは,単一シナプス後部スパインの運動性を調べる2光子アンケイジング法を開発・使用してきた。今回これに加えて,シナプス前部終末の光刺激,グルタミン酸放出の蛍光測定,そして,放出を起こすSNARE蛋白質の会合を検出するなど光を使った刺激・測定技術を用いて,単一スパイン増大の効果を単一シナプス前終末で調べた。
この結果,スパインで押された軸索終末部位でSNARE蛋白質の会合が起き,グルタミン酸放出が促進することが見いだされた。この効果は即時に起き,また,20-30分持続した。この際,シナプス内ではスパインは筋肉並みの力で軸索を押し,軸索はその圧を感知して機能的に応答していることがわかった。
ちなみに,この圧感覚では抹消軸索終末にある圧受容機構は用いられていなかった。この力のお陰で,スパインの学習的変化を軸索側が速く読み出してより短期的な記憶の保持に使われると考えられるという。
一方,スパイン増大自体は長期的な記憶の保持に使われるが,この際のグルタミン酸受容体の集積はそれほど速くない。短期的と長期的で記憶の保持がシナプスの後と前に分かれており,脳では異なった記憶媒体に保存されると考えられる。
一般に脳は電気化学的な機械と思われており,シリコンでできた人工知能も脳と同じことができると考えがちだが,脳の神経細胞は大事な学習記憶のところで細胞運動により力学的に繋がっており,その複雑精巧なダイナミズムはシリコンで模倣できない。
スパインシナプスには統合失調症など精神疾患に関係する分子がたくさん集まっており,軸索圧効果に関連する可能性が大いにあるという。研究グループは今後,このシナプスの圧機構の分子基盤をさらに明らかにし,それに介入する方法を探すことが重要だとしている。