神戸大学,東邦大学,名古屋工業大学,独アルベルト・ルートヴィヒ大学は,動物の光磁気感受に重要な役割を果たすと考えられている光受容タンパク質における中間体の立体構造解析を電子スピン共鳴法によって行ない,磁気コンパス特性を発現するタンパク質内部の電子的機能の詳細を明らかにした(ニュースリリース)。
ヨーロッパコマドリが示す磁気感受性の動態観察が報告され,光誘起ラジカル対による量子力学的効果として発揮する磁気コンパス機構が多くの研究者を惹きつけてきた。
渡り鳥や植物など様々な生物には,クリプトクロムとよばれる光受容タンパク質が存在する。クリプトクロムにはFADとよばれる青色光を吸収する色素が存在しており,この色素の青色光励起により近傍の複数のトリプトファン残基から段階的に電子を引き抜く化学反応が進行し長距離電荷分離状態を生成する。
この状態は,磁性を示すラジカル対として一定の寿命で存在するが,外部磁場の方向や強度によって電子スピン状態が影響を受けることでその反応収量が変化するため,渡り鳥はこのような長距離電荷分離状態の磁性による量子力学効果(磁気コンパス)を利用し地磁気の方向を感知する仮説が提唱されている。
クリプトクロムが磁気センサーとして機能しているのかを明らかにする課題はまだ残っているが,太陽光と地磁気の方向を感知する分子論的な起源の多くも不明のままとなっており,このしくみを実験的に解明することが望まれていた。
研究では,電子スピン分極イメージング法を駆使しクリプトクロムに生成する中間体立体構造の詳細を明らかにし,さらに磁気コンパス機能に極めて重要な役割を果たすと考えられる電子的相互作用を第二および第三段階目の光電荷分離状態について決定した。これにより水分子運動による電子伝達機構を実証した。
このラジカル対では磁性を持たない一重項と磁性を示す三重項状態がある一定の寿命で存在するが,外部磁場の方向や強度によってスピン状態が影響を受けることで,その反応収量が変化するという。
電子的相互作用は電荷の戻りによる失活に関わり,またこれによる一重項–三重項エネルギー差はスピン量子力学的な磁性発現の異方性に影響を与える。これらから,水分子の運動効果による電子伝達が磁気コンパス特性を制御する新たな機構を提案した。
これらの知見は,光磁気感受に関わるシグナル伝達のしくみの理解を前進させるものであり,研究グループは,タンパク質を用いた微弱な磁気センサー開発への応用の展開など,今後の量子生命科学の発展に一つの契機を与えるものだとしている。