東京大学と東北大学は,ナノスケールの傾斜歪みを有する希土類鉄ガーネット薄膜の作製に成功し,誘電分極と磁化の共存を観測した(ニュースリリース)。
希土類鉄ガーネット,R3Fe5O12(Rは希土類元素)は,一般的にフェリ磁性絶縁体で,巨大な磁気光学効果を示すことから,光通信では光アイソレータとして実用化されている。さらに近年,スピン波の伝搬について非常に小さい減衰係数を有することから,超低消費エネルギー情報伝達媒体として研究されている。
一方,電気特性については絶縁体(常誘電体)であり,結晶構造が中心対称性をもつ立方晶となっている。希土類鉄ガーネットは残留分極を生じ得ないが,もし磁化と残留分極が共存する物質を作ることができれば,多機能な情報記憶材料として応用が期待される。
そこで研究グループは,誘電体において不均一な歪み分布である傾斜歪みによって誘電分極が発生するフレクソエレクトリック効果に注目。巨視的には誘電体試料を曲げることや,非対称な応力を加えることにより,分極が発生する。傾斜歪みの大きさは長さの逆数に比例するため,ナノスケールの微細な格子歪みによって効果が顕著に表れることが期待された。
研究ではパルスレーザー堆積法による単結晶薄膜成長において,基板と薄膜の格子不整合を利用することで,ナノスケールの傾斜歪み構造の作製に成功した。基板と薄膜にはそれぞれガーネット構造のガドリウムガリウムガーネット(Gd3Ga5O12,GGG)とサマリウム鉄ガーネット(Sm3Fe5O12,SmIG)を選択した。
この組み合わせでは1.2%の格子不整合が存在し,転位が発生する臨界膜厚は60nmと見積もられる。結晶構造解析の結果,臨界膜厚以下の膜厚では均一に格子歪みを受けた正方晶となり,膜厚が十分に厚い層では格子緩和した立方晶が存在することがわかった。
さらに,臨界膜厚付近の正方晶と立方晶の境では,面内の格子定数が膜厚とともに増加する傾斜歪みが存在することが明らかになった。
この傾斜歪み構造には,平均径約30nmの負に分極したナノドメインが観察された。このナノドメインは均一に歪んだ正方晶や格子緩和した立方晶の層では見られず,フレクソエレクトリック効果による分極発現だと考えられるという。
さらに,傾斜歪み層では0.11Tという非常に大きい保磁場を示した。これは格子欠陥の存在が磁気ドメインのピニングサイトとして働くことによると考えられるという。傾斜歪み層から見積もられる磁気モーメントは,サマリウム鉄ガーネットの理論値に近い値を示した。
研究グループは,この成果が室温でも動作可能な,磁化と残留分極が共存する新機能材料として期待されるとしている。