東京大学と東北大学は,スピンの反転速度が反強磁性金属では10ピコ秒と極めて速いことを実証した(ニュースリリース)。
スピントロニクスで磁石材料として用いられてきた強磁性金属に比べ,反強磁性金属はスピンの反転速度が10~100倍速いピコ秒台と予想され,新たな電子デバイス材料として注目されている。しかし,反強磁性金属におけるスピンの動きを時間軸で観測した例はこれまでなかった。
研究ではパルス幅が0.1ピコ秒程度のごく短いレーザーパルス光を用いて,トポロジカル反強磁性金属Mn3Snにおけるスピンの動きを検出した。この手法は従来強磁性金属のスピンの動きを検出するために用いられ,反強磁性金属へは適用できないと考えられていた。
研究ではMn3Snの拡張八極子偏極を利用すればこの手法が適用可能である点に着目し,実験を行なった。その結果,トポロジカル反強磁性金属において強磁性体の磁極と同じはたらきをする拡張八極子偏極の減衰が非常に速いことがわかった。
この減衰定数10ピコ秒以下の超高速減衰は,高速スピン振動の源である交換相互作用のおかげでスピン運動の摩擦に相当する磁気ダンピングが約1と非常に大きいことに由来し,これはこれまでに報告された磁性体の磁気ダンピングの中でも最高の値だという。
また,今回実験的に得たMn3Snのスピン振動を記述する物理パラメータ群を用いると,拡張八極子偏極で作られたドメイン壁が10km/sと超高速で動き得ることもわかった。これらはMn3Snを用いてメモリ等の電子デバイスを作製すればテラヘルツ領域の超高速動作が可能であることを意味するという。
この研究によりトポロジカル反強磁性金属を用いた電子デバイスが超高速動作することが実証された。これにより実用化されているMRAMより,10~100倍程度速く読み書きができる超高速動作が可能なテラヘルツ級の電子デバイスの作製が可能になるとする。
なお,Mn3Snは強磁性金属同様にスピン軌道トルクを用いて電気的にスピン方向を制御できることがわかっている。研究ではレーザーパルス光により超高速性を示したが,今後は磁気メモリをはじめとした電子デバイスにおいて電気的な超高速動作を実証する予定だとしている。