北里大学と近畿大学は,エッシャーのだまし絵などの要素として知られる不可能図形をモチーフとした発光分子を用いて不斉構造(Chirality)を設計し,強い円偏光発光(CPL)を示す発光色素を開発した(ニュースリリース)。
三次元空間に実在すると思わせる投影図だけれども現実には存在し得ない図形を不可能図形(または不可能物体)と言う。不可能図形は古くから心理学,数学,芸術,建築の領域で題材にされてきたが,分子の世界で積極的にその形を再現する試みはほとんどなされていない。不可能図形は有機化学的な視点から見るとキラリティーを持つことから研究グループは,光との相互作用の観点からユニークなCPLを示す分子の設計を試みた。
不可能図形は三次元空間では実存しないので,分子の世界で再現するためには分子を大きくねじるトリックが必要となる。その結果,光の吸収や発光に関わる発色団が不斉構造に固定されて強いCPLが生み出されることを念頭に,8の字型の不可能図形をモチーフに二重にねじれた分子を合成した。
発光性のナフタレンユニットを4つ環状に繋げる単純な設計だが,幾何学的には2箇所のねじれが存在しキラリティーを有しながら三次元空間に実現する。4つのナフタレンの熱振動を制限するために,両サイドから様々なアルキル基で固定した分子を3通り(R体とS体で合計6種類)合成した。
これらの分子は有機溶媒中で強い蛍光発光を示し,いずれの分子も不可能図形構造に由来した顕著なCPL特性を示すことがわかった。一般にCPLにおける円偏光度をg値で表すが,固定鎖が短い化合物に関しては,通常の有機化合物では達成できないg=0.016を示した(通常のキラル有機分子では<0.001)。
この原因を探るために実測のCPLと理論計算による解析を進めたところ,励起状態において電子がキラル分子全体に広く非局在化することがわかった。すなわち,不可能図形を元にした剛直な「8の字構造」との設計と,両サイドからの固定の2つの分子設計がCPLの増幅に対し効果的に寄与していることを示しているという。
今回の研究は新しい分子設計モチーフを利用して優れたCPL材料を開発すると同時にCPLが増幅する原因を実証したものであり,CPLを示す蛍光色素の合理的な分子設計指針の確立に大きく貢献するもの。研究グループは,今後,円偏光有機EL材料に向けた有望な発光分子の開発と,それに続く円偏光を利用した三次元ディスプレーの開発が大きく前進するとしている。