筑波大学は,テラヘルツ電磁波パルスと走査トンネル顕微鏡法(STM)を組み合わせた新しい時間分解顕微鏡法「時間分解THz-STM」を開発し,ピコ秒の時間スケールで固体中を運動する自由電子のダイナミクスをナノメートルの空間スケールで捉え,可視化することに成功した(ニュースリリース)。
オプトエレクトロニクスでは,固体の表面や界面、分子間で起こる超高速電子ダイナミクスを直接計測し評価することが求められているが,光の回折限界など原理的な制約により,空間的に平均化された情報に基づいた解析がなされてきた。
時間分解THz-STMでは電場一周期,即ちモノサイクルのTHz電磁波パルスをSTM探針と試料の間に照射する。それにより,探針試料間に強いTHz電場がかかる1ピコ秒程の瞬間だけトンネル電流(THz誘起トンネル電流)を駆動することで,ピコ秒の時間スケールで起こる超高速現象を,STMが有する高い空間分解能で捉えることが可能になるという。
研究では,開発した手法を代表的な有機半導体であるC60薄膜に適用し,C60薄膜中に光パルス励起によって注入した自由電子がナノスケールで拡がり,薄膜を作製した金基板に戻ったり,注入前の元の安定した状態に緩和していく様子を動画として可視化することに成功した。
また,分子の配向が他の場所の分子と異なることで生じる単一分子の欠陥構造で電子がトラップされ,欠陥構造の中に電子が他の領域より長時間とどまり続ける様子を1分子レベルの分解能で可視化することにも成功した。
別途,STMを用いてナノスケールで試料のポテンシャル構造を局所的に求め,電子のダイナミクスと比較することで,こうした現象を詳細に議論することもできる。実際,分子層の段差であるステップ上端での電子の運動と局所的に変調されたポテンシャルの構造から,ナノスケールでの移動度を評価することも実現した。
これら各経過時間のイメージング画像を繋いでいくことで,電子ダイナミクスのピコ秒動画を作成することも可能。これまでも表面の局所構造や欠陥が新しいエネルギー準位などを形成することによって電子の捕獲サイトとなり電子ダイナミクスに強い影響を及ぼすことが議論されてきたが,この手法を用いることで直接その過程を評価することが可能になった。
研究グループは,今回の成果を踏まえ,フェムト秒の時間領域で現れる更に高速な現象を捉えることや,細胞や細胞を形作る分子を解析することなど生物分野への応用も念頭に置き,この手法の開発を進めていくとしている。