名古屋工業大学,香港理工大学,中国ハルビン工業大学(深セン校),香港科技大学は,ガラス形成物質が織りなす遅い緩和の神秘な物性について,重要な分子の微視的素過程を発見した(ニュースリリース)。
ガラス形成物質が織りなす神秘な物性には決定的な概念や理論は存在せず,凝縮系・統計物理学における大きな難問として何十年も未解決であった。
一般に,液体を急冷(圧縮)すると分子配置が乱雑なまま動きが凍結しガラス状態になる。このとき粘性の増大により,非常に「遅い緩和」が生じる。大半の分子は凍結して動かないが,稀に大きな変位をおこす「活動分子」が空間的に不均一に発生し協働運動をすることが知られている。
この「活動分子」の協働運動は大きく分け,コア状のドメイン領域に広がる協調運動とひも状のホッピング連鎖運動に分類され,実験やシミュレーションで観測されてきた。後者のホッピング連鎖運動では,最初のホッピングには分子直径程度の空隙が必要となる。しかし非常に高密度では,このような隙間はどこにもなくパラドックスとなっていた。
近年の実験技術の革新により,コロイド溶液中の分子の動きを直接計測することが可能となった。研究グループは,従来の実験よりも桁違いに長時間で制御された環境で精密な実験を行ない,高密度系での遅い緩和の様子を解析した。
その結果,先行研究と全く異なり,高密度のガラス転移に近づくにつれ,「活動分子」のホッピング連鎖運動が緩和の唯一の素過程となることがわかった。さらにホッピング連鎖運動を詳細に解析をしたところ,
(i) 分子直径の数倍程度の領域に分散した準空隙が複数分子の協働的な動きにより空隙を生成し,最初のホッピングが誘起され,空隙の輸送により連鎖が駆動されること,
(ii) 密度増加に伴うコア状ドメイン領域の増大は,長時間での粗視化された結果であり,時間分解能を上げるとホッピング連鎖運動に分解できること,
(iii) ホッピング連鎖運動は高確率で反転し揺り戻し運動(String-Repetition)を起こすこと,が新しい事実として観察された。これらの発見は,高速分子シミュレーションとのクロスチェックが慎重に行なわれ,2つの異なる方法で現象の再現性が確認された。
このようにガラス形成物質の「遅い緩和」の微視的メカニズムの全容解明が急速に進みつつある。液体からガラス状態への転移は身近な現象であり,最も単純な系での分子レベルのメカニズムの基本原理の解明は学術的な意義のみならず,産業におけるガラス形成ナノ物質の製造,社会現象など様々な応用分野が広がることが期待できるとしている。