東京大学と産業技術総合研究所は,真空蒸着法および印刷法のいずれでも良質な薄膜が再現性よく成膜可能であり,優れた大気安定性および電子移動度を有するn型有機半導体材料を開発した(ニュースリリース)。
パイ電子系分子からなる有機半導体は,電子と正孔とが共に伝導できる従来の無機半導体とは異なり,一般に正孔が伝導しやすく,これまで開発された有機半導体の多くが正孔輸送性(p型)を示す。その中で,近年では,現在実用的に用いられている無機半導体のアモルファスシリコンよりも1桁以上高い10cm2V-1s-1級の正孔移動度を有する有機半導体が報告されている。
一方で,電子タグやマルチセンサーなどのハイエンドデバイスに用いるためには,正孔移動度に匹敵する電子移動度に加えて,プロセス適合性と大気安定性を併せ持つ電子輸送性(n型)有機半導体の開発が課題とされている。
研究グループではこれまでに,この課題を乗り越え得る新しいパイ電子系としてBQQDI骨格の開発に成功した。特に,側鎖にフェニルエチル基を有するPhC2–BQQDIは印刷法により高い電子移動度と大気安定性を示す単結晶薄膜が成膜可能であり,実用的な電子輸送性材料として期待される。
今回,研究グループはPhC2–BQQDI類縁体における側鎖の役割を明らかにするため,フェニルアルキル側鎖を有するPhCn–BQQDI(n=1–3)を開発し,その集合構造および半導体特性について調査した。印刷法ではPhC2–BQQDIが最も高い半導体性能を示した一方で,真空蒸着法ではPhC3–BQQDIがより優れた電子移動度および大気安定性を示すことがわかったという。
また,有機半導体と金属電極との間に生じる接触抵抗は,有機半導体デバイスの性能を抑制している課題の一つだが,PhC3–BQQDIの接触抵抗は,n型有機半導体として世界最小クラスとなった。
これら真空蒸着法による半導体特性の逆転は,薄膜に特有の多形によるものであることがX線回折により明らかとなり,さらに,分子動力学計算により,多形の形成が,フェニルアルキル側鎖に依存した基板上での集合構造の不安定性に起因するものであることが示された。
これは,固いフェニル部位と柔らかいアルキル部位とを併せ持つフェニルアルキル側鎖の特徴であると考えられ,有機半導体材料開発のための新たな分子設計指針としても期待されるという。
研究グループは,今後,安価かつ低環境負荷の電子タグや,有機半導体ベースのエネルギーハーベストなど,次世代のプリンテッド・フレキシブルエレクトロニクスの開発を加速することが期待されるとしている。