東京大学は,ニューロンを光で刺激することができる,フィルム状の有機ELデバイスを開発した(ニュースリリース)。
近年開発された光遺伝学的手法では,光に応答する蛋白質を遺伝子導入によってニューロンに発現させると,ニューロンを光の照射によって興奮させることができる。光による刺激は脳科学の重要な手法となっており,さらに将来的には筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症などの治療にも利用できると考えられている。
光刺激に用いる光源として光ファイバーとLEDがよく用いられており,これらは硬いために,体内へ留置した際に神経組織へ機械的損傷を与えて炎症を誘発することがあった。また,点状に発光する光源であるため,多数のニューロンを同時に刺激する用途には対応しにくく,発光点に局所的な発熱が生じてニューロンに影響することも課題だった。
さらに,神経細胞の活動を明らかにするためには磁気共鳴画像法(MRI)が有効だが,一般的な無機半導体で作られたLEDは,MRIの信号欠損を生じさせる問題があった。
研究グループは,有機ELを使用して厚さが2µmのフィルム状の光刺激用光源を開発し,光感受性蛋白質のチャネルロドプシン2(ChR2)をニューロンに発現させた遺伝子組み換え動物に対して,脳や末梢神経を刺激できることを実証した。ChR2の活性化に有効な光の波長は約480nmであり,これに合わせて波長400〜580nmの光を発する有機ELフィルムを開発した。これほど薄くて軽量な,ニューロンの光刺激デバイスは,これまでに例がないという。
有機ELフィルムは,曲がった状態でも安定して発光する。実験に使用した動物は光に対する感受性が特に高められており,約0.3mW/mm2の比較的弱い光でもニューロンの興奮が生じるため,有機ELフィルムから発する0.5mW/mm2の光出力密度において十分にニューロンの応答を観察することができた。
この手法では,組織を傷つけることなく多数の細胞を同時に刺激できるため,将来的に神経や筋肉の難病の治療に活用できる可能性があるという。これらに対しては,組織へ幹細胞を導入して神経や筋肉の機能を回復する治療法が検討されており,組織内の幹細胞の分化を誘導するために,有機ELフィルムによる光刺激を利用できると考えられているという。