日本原子力研究開発機構(原研),総合科学研究機構,理化学研究所,芝浦工業大学らの研究グループは,原研が世界で初めて合成した新物質Mn3RhSiにおいて,720K(447℃)という世界最高温度で伝導電子スピンの一部がほぼ固化(短距離秩序化)し相分離していることを,中性子とミュオンを相補的に用いた観測で発見した(ニュースリリース)。
電子のスピンは物質の磁性に原子レベルで関与している。磁性体において,常磁性の相では電子のスピンは方向がバラバラな「無秩序状態」であり,低温で相転移して反強磁性が現れる相では,スピンが物質全体で反平行に一様にそろう「長距離秩序」状態となる。
多くの場合,この状態変化は相転移温度から低温においてスピンの整列による磁化の変化,すなわち,秩序変数が発達する形でおこるが,局所的に秩序が高くなる「短距離秩序」と呼ばれる状態が,その相転移温度以上から現れることがある。近年,この局所的に秩序が高い領域が相分離して混ざりあった奇妙な中間状態を示す物質が金属磁性体でいくつか見つかっている。
例として,空間反転対称性がないMnSi(珪化マンガン)などでは短距離秩序や部分秩序と呼ばれる伝導電子スピンの一部が固化した状態が見つかっている。しかし,中性子散乱法やミュオンスピン緩和法ではその状態は室温付近までしか確認されておらず,高温では確認できていなかった。このように,この奇妙な秩序状態は特異な金属の性質として観測されてきましたが,その起源は解明されていない。
今回研究グループは,新物質Mn3RhSiで同様な伝導電子スピンの一部がほぼ固化した短距離秩序状態を世界最高温度で発見した。このことで,金属磁性体ではこのような秩序状態が空間反転対称性の破れと関連して普遍的に存在する可能性が浮かんできた。
この短距離秩序の研究が進むことにより,特異な金属の振舞いの理解へつながることが期待される。また,研究グループが発見した短距離秩序状態は,常磁性状態の磁化率が通常のキュリー・ワイス則に従わず,これまでの金属電子状態の基本理論であるフェルミ液体論では説明できない。
そこでは,電子スピンの液体の中に一部電子スピンの擬固体が混ざった新しい状態になっていると考えられる。すなわち,この電子スピンの短距離秩序は,電子スピンの擬固体と液体の共存相と言えるという。この電子スピンの短距離秩序の発見により,今後その理解とこの新しい金属状態での新現象の発見も期待されるとしている。