東京大学の研究グループは,安価で入手容易な炭素資源であるアルケンを反応させ,ファインケミカルの合成に有用なキラルアルコールへと一工程で変換するハイブリッド触媒を開発した(ニュースリリース)。
医薬品や農薬といった付加価値の高いファインケミカルを,安定で豊富な炭素資源から効率的に合成,特に反応性に乏しい炭素資源の炭素-水素結合を切断し,廃棄物の副生を最小限に抑えながら多様な化学変換を行なえれば,目的物の合成経路を大幅に短縮するとともに環境調和型の物質供給が可能になる。
炭素資源アルケンは,石油のクラッキングにより年間千万トンスケールで生産される。しかしながら,炭素資源アルケンに含まれる炭素-水素結合は反応性が乏しく,その変換にはしばしば過酷な反応条件が必要であることが問題だった。
研究グループは,ファインケミカルの重要な原料であるキラルアルコールを,安価で入手容易な炭素資源アルケンとアルデヒドから合成することを目指した。この反応では廃棄物を一切副生することなく,炭素資源から一工程で付加価値の高い有機分子を造り上げることができる。
目的の反応を達成するために,独立した機能を持つ三種類の触媒を組み合わせたハイブリッド触媒系を開発することを計画。光合成を参考に,光エネルギーを利用することで温和な条件での反応の進行が可能になると考えた。研究の結果,光触媒,有機分子触媒,金属錯体触媒の三種類の触媒から構成されるハイブリッド触媒システムに室温で可視光を照射すると,アルケンとアルデヒドが高い選択性で反応し,キラルアルコールが合成できた。
四炭素からなる炭素資源であるブテンも利用可能で,また,温和な条件で反応が進行するために,ペプチドや核酸など,医薬品に見られる官能基を多く含む原料にも適用できた。この反応は三種類の触媒のどれが欠けても進行せず。触媒同士がそれぞれを活性化する重奏的な機構で触媒システムが成り立っているという。
キラルアルコールを合成する典型的な方法として,Barbier-Grignard反応が有名。この反応は一般性の高い非常に優れた反応で,今日でも工業的に使われているが,まず初めに石油資源から作られたハロゲン化されたアルケンを金属マグネシウムで還元していわゆるGrignard反応剤を調製し,これをアルデヒドと反応させるという形式をとる。
そのため,工程数が大きい,廃棄物であるマグネシウム塩が目的物と当量生じる。官能基許容性が低い,などの問題点を抱えていた。今回開発したハイブリッド触媒システムは,こうした問題を解決するものとしている。