名古屋大学,富山大学,理化学研究所,高輝度光科学研究センターの研究グループは,X線自由電子レーザー施設SACLAから得られる強いレーザー光を利用して,2光子吸収による内殻二重空孔状態に由来する電子スペクトルの観測に成功した(ニュースリリース)。
極紫外域やX線領域の強いレーザー光を照射された物質は,それを構成している原子に強く捉えられた内殻電子が関与する非線形光学応答を示す。内殻電子が関与する典型的な非線形光学応答である多光子多重イオン化過程では,内殻空孔の崩壊がイオン化とともに連鎖的に進行し,それぞれのイオン化経路に応じて様々な価数のイオン種および多数の電子が放出されることがわかってきた。
しかし,こうした複数の経路が関与するイオン化機構をイオンまたは電子のみの観測によって詳細に理解することは容易ではなかった。今回研究グループは,光吸収により生成した電子だけではなく,同時に生成するイオンも測定する,多電子−イオンコインシデンス計測法を導入することで,非線形過程に由来する電子スペクトルの観測に成功した。
一般に,物質が極紫外光やX線を吸収すればするほど,より多くの電子が生成し,飛び出した電子の分だけイオンの価数(正電荷の量)は大きくなる。研究グループはこの非線形イオン化過程で生じる多価イオンに着目し,イオンの価数による電子信号のタグ付けによって,幅広い1光子過程の信号に埋もれている微弱な非線形信号を取り出す測定手法を確立した。
研究グループはSACLAにて,極紫外域やX線領域における非線形光学応答を調べる際のベンチマークとして用いられるキセノン(Xe)原子を標的として実証実験を行なった。ここでは特に,SACLAの軟X線ビームライン(BL1)から放出される高強度なレーザー光(~90eV)をXe原子に照射し,この光吸収で生じた電子およびイオンを独自に開発した磁気ボトル型電子・イオン分析装置を用いて検出した。
今回の多電子−イオンコインシデンス計測では,1光子吸収で生じる1価から3価のXeイオンと2光子吸収によってのみ生じる4価のXeイオンを「標識」として用い,それぞれのイオンと相関した電子スペクトルを調べた。
その結果,4価のXeイオンと相関した電子スペクトルにおいて,Xe内殻4d軌道の二重空孔状態を経由して生じた電子信号を見出した。さらに,この二重空孔状態を生成する確率はこれまで考えられていた値よりも最大で3倍近い値をもつことがわかった。この結果はこれまで数多く調べられてきたXe原子においてさえも,予想もしなかった非線形光学応答が見出されたことを意味しているという。
今回導入した測定手法は,様々な物質群の極紫外・X線領域の非線形現象の基礎的理解を深めることを可能とするとともに,原子配置に敏感な新たな局所化学分析法の基盤技術として役立つとしている。