京都大学の研究グループは,2つの磁石の磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体において,スピン波の巨大な非相反性を制御する事に成功した(ニュースリリース)。
スピン波による電子回路は,小型で低消費電力な情報処理システムを作り出す技術として期待されている。その実現のために重要なスピン波の性質の一つとして非相反性(伝搬方向に依存して異なる性質を持つこと)がある。
しかし,従来の報告されていたスピン波の非相反性は,界面効果に起因していたために薄い磁石でしか効果が無く,また非相反性の切り替えには外部磁場の反転が必要だった。
研究では,磁性材料として鉄コバルトボロン合金(Fe60Co20B20)を用い,非常に薄いルテニウム(Ru)非磁性層を介して,それぞれの磁極が逆方向に結合した人工反強磁性体を用いた。
この人工反強磁性体の薄膜の上に,スピン波の励起および検出を行なうための2本のアンテナを作製し,アンテナ間を伝搬するスピン波を測定した。その結果,スピン波の伝搬方向に依存してピーク位置が明らかにシフトしており,スピン波が異なる共鳴周波数を持つこと(非相反性)を観測することに成功した。
このような非相反性は,従来,非対称構造を有する磁性体における界面効果(ここでは界面ジャロシンスキー・守谷相互作用のことを指す)に起因するものが報告されていたが,磁性層が厚くなるにつれて非相反性が小さくなるというデメリットがあった。
この研究で観測された非相反性は,人工反強磁性体の二つの磁石から生じる双極子磁場との相互作用に由来しているため,磁性層が厚いほうがより非相反性が大きくなる。
今回実験を行なった磁性層の膜厚15nmに着目すると,非相反性による共鳴周波数の差は従来報告されているものに比べて28倍程度大きく,さらに磁性層を大きくすることで増大する事が可能となる。
従来型の界面効果に起因した非相反性は,外部磁場を反転させることで非相反性を切り替えることができる。一方,この研究では人工反強磁性体における非相反性は二つの磁極の配置に依存していることに着目し,電流パルスによって発生する局所的な磁場で磁極の方向を制御できるのではないかと考えた。
つまり,人工反強磁性体中の磁極の向きを電流によって制御する事で,外部磁場を反転させることなく,スピン波の非相反性を制御できることを今回初めて実証した。
非相反性は磁性層の厚さを増やすことでさらに大きくなることが期待できるという。この研究成果は,スピン波の可変ダイオード素子などの開発にもつながり,スピン波を利用した論理演算素子などへの応用研究を大きく発展させるとしている。