慶應義塾大学の研究グループは,磁石と半導体を組み合わせた複合材料において,音波の注入方向と磁気の向きにより,磁気の波「スピン波」の振幅を大きく変調できることを発見した(ニュースリリース)。
ニッケル薄膜磁石を伝搬するスピン波の振幅が磁気の向きによって異なる性質(スピン波の非相反性)が報告されているが,非相反性の起源は十分には解明されておらず,磁石をnmスケールの厚さにすると順方向と逆方向に伝搬するスピン波の振幅が同等になり,スピン波の整流動作を実現することが困難だった。
今回,研究グループは,厚さ20nmの極薄ニッケル磁石の上に半導体シリコンをのせた複合材料を作製し,音波の一種であるレイリー波の注入により発生するスピン波の非相反性の大きさを電気的に評価した。
SAWフィルタ素子を圧電基板の上に作製し,レイリー波を生成・検出する一対の櫛型アンテナの間に複合材料を貼り付けた。レイリー波が複合材料に注入されると,ニッケル磁石の格子が高速に振動し,スピン波が生成される。レイリー波には,伝搬方向によって符号が変化しない縦ひずみ成分と,符号が変化するせん断ひずみ成分が含まれており,このせん断ひずみ成分がスピン波の非相反性を生み出す原因と考えられていた。
研究グループは,縦ひずみに対するせん断ひずみの比率が複合材料の表面から内部に侵入するにしたがって大きくなることに注目した。つまり,スピン波を生成する薄膜磁石を複合材料の表面から深い位置に埋め込むことにより,従来の方法では難しかった極薄磁石でも非相反性スピン波を生成できると予想した。
ニッケルの磁気に対して順方向と逆方向に伝搬するスピン波強度で,400nmのシリコンを貼り合わせることによりスピン波の非相反率(順方向と逆方向のスピン波強度の比)が 1200%に達することを発見した。これは従来報告の10倍以上も大きな非相反性となる。
非相反率のシリコン厚さ依存性では,シリコンが厚いほど,すなわちニッケル薄膜が複合材料の表面からより深いほど非相反率が大きく,せん断歪みが非相反率増大の主因であることを実験的に初めて解明した。
この手法は,半導体や磁石の材料を限定するものではなく,磁石薄膜を表面から深い位置に形成したデバイス構造により巨大なスピン波の非相反性を生み出すものであり,材料設計自由度の高いスピン波ダイオードの実現に大きく道を拓くことが期待されるという。
この研究でスピン波の巨大な一方通行性が実証された新しい複合材料によって,スピン波の伝搬と干渉を論理演算に利用するスピン波デバイスの実現に不可欠なスピン波ダイオード開発が大きく前進するとしている。