茨城大学の研究グループは,高分子複合材料の精密解析を可能とする新しい量子線顕微装置を開発し,さらに住友ゴム工業と共同で,この装置を用いてタイヤ用ゴムに含まれる様々な材料を選択的に観測することに初めて成功した(ニュースリリース)。
今回,茨城大学は,「茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)」で,動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置を用いた測定を実施した。この装置に用いた手法の原理は古くから知られていたが,産業利用を目的とした実装置として開発されたのは,世界的にも今回が初めてという。
コントラスト変調法は,材料を構成する様々な部材から出てくる中性子線の強度を強調した画像を得て,それぞれの構造を特定する。これまでは物質を構成する水素を重水素に置き換える「重水素置換法」による実施が一般的で,高分子などの有機材料を中心に使われてきた。
一方,今回開発した「動的核スピン偏極装置」は,室温においてばらばらな方向を向いている水素の核スピンを,一定の方向に揃えて「偏極」させるだけで実施できる。
従来の重水素置換法では,観測にあたって高額な試薬や化学的な置換による材料の合成が必要だったが,この技術はそうした合成加工が不要となり,市販の実製品そのものを観測できることから,産業利用にも適している。
動的核スピン偏極装置は,偏極させることの容易な「電子スピン」を導入した試料について,まずは強磁場・低温環境のもとで電子を偏極させ,次にマイクロ波を照射しながら電子から水素へと偏極移動させて全体に偏極を発生させる。今回,iMATERIAの中性子小角散乱装置に組み込むため,強磁場・マイクロ波印加機構や中性子ビーム偏極機構を新たに開発した。
また茨城大学と住友ゴム工業は共同で,「動的核スピン偏極コントラスト変調中性子小角散乱装置」を用いたタイヤ用ゴムの内部構造の解析を実施した。自動車のタイヤ用ゴムは,数十種類の材料からできており,それぞれの材料がタイヤ内部で階層構造を作っている。
このため,タイヤ性能の向上にはタイヤ用ゴムの内部の各材料をそれぞれ分けて観察し,その階層構造を明らかにすることが必要となる。特にゴムの弾性を生み出す硫黄架橋構造は,ゴムの強度や劣化などの経年変化に大きく関係することが一般に知られている一方で,ゴム中での詳細な構造については未解明なままだった。
今回,タイヤ材料のスチレンブタジエンゴムにおいて,90%という高い偏極度を達成する技術を開発し,正偏極の条件でゴムの情報を消し去り,硫黄架橋を選択的に観察することに成功し,材料内部の各材料を「分けて観察」することが可能となった。この手法により製品そのものや使用後の評価が可能になり,他製品への利用展開も大いに期待されるとしている。