京大,レーザーで量子力学的な空間断熱移送に成功

京都大学の研究グループは,「空間断熱移送」を質量を持った粒子で初めて実現した(ニュースリリース)。

干渉効果では,真っ直ぐにつながった3つの容器(A,B,C)の中の粒子において,容器の間の遷移確率を上手くコントロールすると,干渉によって粒子が中央の容器には姿を現すことなく端から端へと飛び移る現象が起こる。この「空間断熱移送」と呼ばれる現象は古典的な光の波では観測されていたが,量子力学的な粒子での実現はされていなかった。

空間断熱移送の実現には,ミクロな粒子を入れる3つの極小の容器と,容器の間のトンネル確率を精密に制御する必要がある。このような目的のために最適な物理系の一つが,レーザー冷却された極低温の原子気体となる。容器の役割を果たすのはレーザー光で,原子は真空中に集光されたレーザー光に保持される。

研究グループは,光の波長サイズの規則正しい格子構造を持つ光格子のうち,「リープ格子」と呼ばれる格子構造で3つの容器を作りこんだ。このリープ格子は最小単位に3つの格子点を含み,そこに原子を捕獲することによって,要求される配置でトンネル効果を起こすことができる。さらに,レーザー光の強度によってトンネル確率を制御できるようにして,空間断熱移送の実験装置を作り上げた。

実験では,相互作用しないイッテルビウム原子の特定の同位体を用い,位置を運動量に転写するバンドマッピング法を応用することで,数万個の原子が同時に断熱移送される様子を捉えることに成功し,移送効率は95%という高い値が得られた。また,空間断熱移送の他に,3準位系における代表的な物理現象である「電磁誘起透明化」に対応する現象を再現することにも成功した。

空間断熱移送の過程では,粒子の波はAとCに同時に存在する状態になっている。こうした「重ね合わせ」の状態を保持するコヒーレント操作は,量子計算や量子シミュレーションで重要な役割を果たす。今回用いた手法は同じ数学的特徴を持つ別の格子構造にも応用でき,新たなコヒーレント操作を開発したという意義があるという。

加えて今回の成果は,元々3つの容器のみで考えられていた空間断熱移送を,無数の格子点を含む光格子で実現したことにも大きな意義があるとしている。

移送の過程で実現される重ね合わせ状態は,物性物理学で関心を持たれている平坦バンド上の状態に相当する。平坦バンドの状態は運動が凍結し,相互作用のエネルギーが支配的になるという著しい特徴がある。

磁石が鉄を引き付ける性質を強磁性と言うが,そのメカニズムの本質はいまだ解明されていない。平坦バンド中の粒子は特定の条件下で強磁性を示すことが知られており,この研究がこのような長年にわたる物性物理学の問題を解決する足掛かりになる可能性があるとしている。

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