物質・材料研究機構(NIMS)の研究グループは,磁性体に光を照射することにより,電流に付随して生じる熱流の方向や分布を自在に制御できることを初めて実証した(ニュースリリース)。
金属や半導体における電流と熱流の変換現象は熱電効果と呼ばれ,代表的な例として電流に伴って熱流が生成されるペルチェ効果が古くから知られている。ペルチェ効果によって生成される熱流の方向は物質によって決まっているが,磁性体においては,電流に伴う熱流の方向を磁気の源であるスピンの性質によって制御することができる。
近年,スピン制御技術の向上に伴い,スピンを用いて熱エネルギーを有効利用するための新原理・機能の創出を目指す「スピンカロリトロニクス」に関する研究が世界中で急速に進展している。
そのような中,研究グループは,これまでスピンカロリトロニクスと全く接点の無かった光磁気記録の技術に注目し,光でスピンを制御することで,新しい熱エネルギー制御機能を創出した。
この熱制御機能の実証実験に用いたのは,磁性体特有の熱電効果の1つである「異常エッチングスハウゼン効果」。この効果は,磁性体に電流を流した際に,電流と磁化の両方に垂直な方向に熱流が生成されるという現象。研究グループはこの効果の汎用性の高い計測法を確立しており,様々な磁性体でこの現象が観測されるようになるとともに,板材のみならず薄膜デバイスにおいても実験が可能になった。
この効果によって生成された熱流の方向は,磁性体の磁化方向によって決定されるため,磁化を反転させれば熱流の方向も反転する。すなわち,光誘起磁化反転現象を示す磁性体においては,光照射による磁化反転に伴って,異常エッチングスハウゼン効果によって生成される熱流を反転させることができる。
重要なポイントは,熱流の反転はレーザー光を照射したエリアにおいてのみ生じ,熱流の方向は光が右回り円偏光か左回り円偏光かに依存して決定されるという点だという。この手法を用いれば,光の照射パターンや偏光状態を変えることにより,磁性体中の熱流分布を自由にデザインすることが可能になる,
今回の実証実験に用いた物理現象は磁気・熱・光の相互作用に起因するものであり,従来のペルチェ効果とは異なる原理によって駆動される。今後,光に応答する磁性体が示す熱電効果の微視的起源の解明と新材料開発を進めることで,電子デバイスの効率向上・省エネルギー化に資する熱マネジメント技術への応用を目指していくという。