名古屋工業大学の研究グループは,1次元モット絶縁体の光励起状態を記述するための理論モデルとして電荷モデルを開発した(ニュースリリース)。
モット絶縁体を強い光で励起すると,荷電キャリアであるホロンとダブロンが生成され,高速に金属化が起こることが実験で示されている。この物理的機構を理解するには,系の波動関数を理論計算する必要がある。
強相関電子系の電子状態は拡張ハバードモデルで記述できるが,現在の計算機の能力では,最も単純な電子状態を持つ1次元系でも,実験結果と比較できる大きな系で波動関数を計算することや,それを使って光学スペクトルを求めることはできなかった。
そこで研究グループは,1次元拡張ハバードモデルの新しい有効モデルとして「電荷モデル」を開発した。電荷モデルは,1次元モット絶縁体のスピン-電荷分離を仮定しつつ,電荷揺らぎを正確に取り入れた。
まず,典型的なモット絶縁体のパラメーターであるU/T=10を用いて,この電荷モデルと拡張ハバードモデルそれぞれで計算した光学伝導度スペクトルを比較した結果,定量的に一致することが確かめられた。
一方,電荷揺らぎの効果を除いたモデルを用いて光学伝導度スペクトルを計算したところ,他の2つの結果と比べて高エネルギー側にずれていることが分かった。さまざまなU/Tの値における系統的な計算から,U/Tの値が10以下の領域では,電荷揺らぎを考慮することが光励起状態の記述に不可欠であることが明らかとなった。
電荷モデルを用いても,計算できるサイズは40サイト程度が限界となる。さらにサイズを拡張するために,電荷モデルに情報科学的な次元縮約の手法を適用し,ホロン-ダブロン対を表す多体ワニア関数を構築した。通常のワニア関数は,電子の1体の波動関数を対象に作られており,電子間相互作用が本質的な役割を果たす強相関電子系には不十分となる。
この研究では,16サイトの系において電荷モデルで計算した光励起状態の多体波動関数から主要な電子状態を抜き出して,それらをユニタリー変換することにより,電荷揺らぎを考慮した多体ワニア関数を構築した。この多体ワニア関数は局在した波動関数であるため,サイズ拡張が可能になる。
以上の枠組みにより,サイズ依存性が現れず,実験結果と比較可能なサイズでのスペクトルを得ることができた。このスペクトルは80サイトにおいてDMRG法で計算したスペクトルとよく一致することから,この手法の有効性が確かめられた。
この結果は,適切に電子間相互作用の効果を取り込み,かつ,波動関数を把握した上で100サイト以上の系の正確な光学伝導度スペクトルの計算が可能になったことを示しているという。